中国の今を知る、中国の未来を読む。

  

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2013年04月29日

若者文化ー海を超え絆を繋げる(4/4)




青木:
このような日中関係の中でよく開催が実現されましたね。

知事:
この展示会は、当初は日中国交正常化40周年を記念して昨年9月に開催する予定だったのですが、日中関係を勘案して延期することになりました。
でも、その後も、なんとか開催したいという強い想いで、江蘇省と協議を続け、できるだけ早い時期の開催を働きかけたところ、昨年末に、江蘇省から全面的な協力を得られるとの意向が示されたことから、この度の開催を決断したのです。

青木:
それは本当によかったですね。こういう時だからこそ、地方間同士の交流が極めて重要だと思いますね。

知事:
日中関係は依然として厳しい状況にあり、多くの課題がありますが、こうしたときこそ地域間の相互交流を進めていくべきだと私もそう考えています。
私自身も、日中漫画展にあわせて江蘇省南京市を訪問し、2012「日中国交友好交流年」実行委員会の企画委員長を務められた石川好さんや漫画家の森田拳次さん、クミタ・リュウさんとともに、日中漫画展オープニングセレモニーに出席します。
日本の漫画は中国でも大変人気があると伺っていますので、日中漫画展を通じて、愛知県と江蘇省、ひいては日本と中国の友好関係の一層の発展と交流促進を図っていきたいですね。たくさんの方々に来ていただきたいと思っています。

青木:
そうですね。地方間同士の交流を深めていくことが、日中関係の修復に繋がると信じてやみません。ところで、中国はこの度の全人大で胡錦濤体制から習近平体制に移行しました。知事は、中国の新体制についてどのようにみていますか?

知事:
日本も中国も同じことがいえますが、トップの人間が変わることで、政策や色合いが変わることはあります。しかし、国はトップの人間一人が全てを動かしているわけではありません。ですので、新体制となったからと言っても国家の方向性がハッキリと変わることはありえないと思います。今は、日本と中国は波静かではありません。しかし、日中間の関係が大事であることは、誰しもが認識しておりますし、いずれこの状況は収まり、また交流を深めていくものだと考えています。

青木:
それから、日本の政治体制も民主党体制から自民党体制に変わりました。今の日本の状況とこれからの見通しについても、知事はどのようにみていますか?

知事:
今は調子がいいように見えますが、私は先行きはそう簡単ではないと思います。大胆な金融緩和策や積極財政へ舵をとったことで、円安・株高に振れています。しかし、この状況がこのままずっと続いていくことは、簡単ではないと思っています。世界経済と共に日本企業もグローバル化している中で、公共事業を増やした程度では、日本の景気は良くなりません。もっと日本国内の政治や経済をグローバル化に対応できるようにしていかなければ、日本経済は成長していきません。少しくらい痛みを伴っても、グローバル化に対応するための改革ができるかどうか試されている時期ではないかと思います。アジアを含む海外から人と企業を受け入れ、またどんどん外にも出て行く覚悟を決めてやらないと、日本は成長せず、埋没していくと思います。

青木:
そうですね。日本と中国は隣国ですし、知事の仰るグローバル化という意味でも、早急に日中関係を修復することが大事なポイントとなってきますね。
では、最後に中国の皆さんにメッセージをお願いできますか。

知事:
日本と中国は2千年もの交流があり、歴史的にも繋がりが深いです。双方が歴史を学び、お互いが尊重しあう未来志向の関係を築いていくことで、両国の友好・発展に繋がっていくと思います。私は日中の未来について全く悲観していません。これからも、日本と中国が良い関係を築いていけると信じています。
愛知県にある中部国際空港から中国本土へは、3月現在で北京、上海はじめ10都市へ週79便、香港へは週28便、台湾へは週25便の旅客便があります。また、貨物専用便も香港へ週6便運航されています。しかしながら、広州、重慶など多くの企業が立地していても中部国際空港からの直行便がない都市もあるため、愛知県と中国、両者の発展のためにも、こういった都市への直行便の就航を各方面に積極的に働きかけていきたいと考えています。
航空路線は、人やモノの交流が活発になるために不可欠なインフラですので、今後ともネットワークを充実させていくことで、愛知県と中国との結びつきを深めていきたいですね。皆さん、是非愛知県に遊びに来てください!

青木:
知事、本日は本当にありがとうございました。






  


Posted by 青木麗子 Reiko Aoki at 10:00Comments(0)日本と中国

2013年04月22日

若者文化ー海を超え絆を繋げる(3/4)




知事:
是非中国の方々にも見に来ていただきたい観光名所がたくさんあります。
名古屋城では、焼失した本丸御殿の復元工事が行われており、いよいよ今年5月には、第一期分の玄関、表書院の公開が始まります。この御殿は、武家風書院造の傑作と言われており、日本の優雅な木造建築の良さを味わうことができます。そして犬山城は近くに木曽川が流れる小高い山にあり、日本で4つしかない国宝の城でもあります。
また、名古屋城の東、2kmの位置にある徳川美術館には、尾張徳川家に伝わる国宝・源氏物語絵巻、茶道具など、1万点余りの美術品、調度品が収蔵されています。
文化・芸術の分野では、今年は3年に一度の現代アートの祭典、国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2013」が8月10日に開幕します。世界中からおよそ75組のアーティストが出品し、オペラやダンス、演劇など盛りだくさんの内容となっています。

青木:
マンガやアニメから派生したコスプレについて、名古屋では、2003年から、「世界コスプレサミット」が開催され、この世界大会には、中国からも出場されたようですね。

知事:
そうです、今年8月に開催される大会には、中国からも、大勢の方々に応援に来ていただきたいと思っています。日本のマンガやアニメなどの若者文化の「クールジャパン」は国際的に人気があり、中国でも、ドラえもんなどが有名であると伺っています

青木:
驚きました。歴史ある観光名所・名城から現代の若者文化に関する様々なイベントまで・・・
愛知県にはさまざまなジャンルの観光資源があるのですね。日本のアニメ・漫画・コスプレなどは中国をはじめ海外の多くの若者が憧れ、支持しています。是非、多くの方に来ていただき交流を深めたいものですね。
ところで、愛知県と中国との交流のことについてお伺いします。

知事:
愛知県と江蘇省は、1980年7月に友好提携を締結し、これまで産業、文化、教育、スポーツなどの幅広い分野で交流を行ってまいりました。2005年の愛知万博開催期間中には、友好提携25周年記念事業として万博会場で「江蘇省ウィーク」を開催し、江蘇省の特色のある刺繍、切り紙等の実演や観光PRなどを実施しました。
2010年には、友好提携30周年を記念して、南京市において愛知県立芸術大学と南京芸術学院の合同音楽会や経済交流会を開催するなど、周年ごとに記念事業を行っています。 愛知県と中国は経済・産業でのつながりも深く、愛知県にある企業の海外進出先は中国がトップであり、2012年末時点で、中国本土へは471企業が、工場などの拠点として100を超える都市に988か所設けているのです。

青木:
非常に実質的な交流が積み重ねてこられているのですね。

知事:
はい、2008年には経済分野での連携を更に強化するための覚書を江蘇省と締結しました。この覚書に基づき、南京市にサポートデスクを設置し、愛知県からの進出企業への支援と投資の促進を図るなど、連携を一層深めてまいりました。
また、今年の1月9日(水)から15日(火)までの7日間、愛知県産の農林水産物を使った加工食品や県内地場産品の輸出を促進するため、「愛知フェアin上海」を開催し、私も12日(土)から13日(日)に上海に行きましたが、非常に好評でしたよ。今後も、継続的にアジア諸国において「愛知フェア」を開催し、私が先頭に立って、品質の高い本県産の農林水産物や地場産品を積極的にPRしていきたいと考えています。                      

青木:
まさに知事は愛知県のトップセールマンなのですね。
ところで、今月は日中漫画交流展が江蘇省で開催され、知事は参加の為に江蘇省をご訪問されるとお聞きしましたが?

知事:
はい。今年度は、日本を代表するポップカルチャーである漫画をテーマとする文化交流を展開する為に、3月24日から28日までの5日間、江蘇省南京市の日中友好会館において、日中漫画展を開催します。展示作品は、森田拳次氏、ちばてつや氏など日本を代表する漫画家の作品75点と中国の若手漫画家の作品15点の合計90点で、いずれも地球の未来の姿をユーモラスに描いた力作ばかりです。






<次週に続く...>

  


Posted by 青木麗子 Reiko Aoki at 10:00Comments(0)日本と中国

2013年04月15日

若者文化ー海を超え絆を繋げる(2/4)




青木:
愛知県は日本の三大工業地帯の一つとして、経済が非常に発達していますが、今どのような課題を抱えていると感じていますか。また、課題を解決するために知事が最も力を注いでいる政策などを教えてください。

知事:
ちょうど2年程前から円高が進み、また東日本大震災も発生し日本の製造業が非常に苦しい立場に強いられてきました。愛知県も例外ではありませんでした。しかし、愛知県および東海地域は日本の製造業や産業の心臓部ですので、われわれ愛知県が元気にならないと、日本は元気になりません。そして愛知県は、740数万人の人口規模を超える企業・産業を抱えていますから、それらをもっと厚くしていかなければならないと思います。
企業・産業が更に企業・産業を呼び、人を集めて、新たなビジネスを創るという相乗効果を起こさなければ、日本は沈んでしまうという思いで、私はこの2年間はひたすら企業誘致や企業立地に力を注いできました。この2年間で、愛知県には企業投資ラッシュといってもいいくらい企業がたくさんきてくれました。例えばですが、日本初のビジネスジェットを造るプロジェクトがスタートしました。量産工場の建設にも合意しましたから、とても期待の持てるものになるでしょう。今、円安となっていますが、私が思うに為替が多少円高・円安に振れようが、ビクともしない産業構造をつくっていくのが重要で、それが我々の目標です。

青木:
それは素晴らしい、為替に左右されない産業の創出、それは本当に大事なことですね。さて、愛知県は観光資源が豊富な県でもありますね。御県の魅力について少しご紹介していただけますか?

知事:
愛知県には、古くからの「モノづくり」文化があり、陶磁器、絞り、からくり人形といった伝統産業から、次世代自動車、航空機に代表される高度先端産業まで、多くのモノづくり産業が集積しており、34年連続で日本一の製造品出荷額を誇っています。
このため、愛知県には、「モノづくり」に関する博物館、資料館などの施設が多く存在し、それらの現場を巡る「産業観光」は、愛知県の観光の強みの一つとなっているのです。

青木:
それは素晴らしい。今日本の産業観光は中国を始めアジア諸国において高い人気がありますね。

知事:
はい、今、名古屋市内では、トヨタグループの歴史が見学できる「産業技術記念館」や絵付け体験が好評な「ノリタケの森」などに加え、2011年3月には、「リニア・鉄道館」が開業するとともに、世界最大のプラネタリウムを持つ「名古屋市科学館」がリニューアルされ、大変な人気を博しています。

青木:
愛知県は日本の歴史においてもとても重要な所ですよね。

知事:
はい、愛知県は、徳川家康を始め、織田信長・豊臣秀吉の天下取りの三英傑などの武将を輩出しており、武将ゆかりの史跡も多く武将観光を推進しています。中国では、近年、徳川家康を主人公とする小説や戦国武将をテーマにしたゲームなどを通じて、我が国の歴史的な英雄への関心も高まっていると伺っています。
史跡を巡る武将観光をPRするため、武将の妻、娘たちに扮する6人のメンバーからなる「あいち戦国姫隊」を結成しました。国宝・犬山城や家康が生まれた岡崎城などを拠点として、演舞を行うなど愛知県の観光の魅力をPRする活動を行っていますので、是非中国の若い方達にも愛知県に遊びに来てほしいですね。

青木:
「産業観光」と「武将観光」、二つの主な観光資源のほかにも、愛知県には名城・名所も多くありますね。また、食文化も非常に特色があるようですね。愛知県はわれわれ日本人から見ても非常に魅力的な県だと思いますね。





<次週に続く...>

  


Posted by 青木麗子 Reiko Aoki at 10:00Comments(0)日本と中国

2013年04月08日

若者文化ー海を超え絆を繋げる(1/4)


愛知県知事 大村 秀章 / インタビュアー 青木 麗子


青木:
大村知事、本日はインタビューの時間をいただき、ありがとうございます。
私は、知事がまだ国会議員の頃から注目していました。ですので、本日はお会いできて大変嬉しく思っております。

知事:
ありがとうございます、よろしくお願いいたします。

青木:
知事は現在53歳だとお聞きしていますが、お子さんはおられますか?

知事:
はい、子供は4人おりますよ。

青木:
そうなのですね。素晴らしい。私も3人子供がおります。お互い、国にしっかり貢献していますね。ところで、話は変わりますが、知事は、知事になられるまで農林水産省の官僚でしたね。35歳の時に中央官僚を辞められて政治家への道を選ばれたとお伺いしていますが、経緯について少しお聞かせいただけますか?

知事:
私は大学卒業後、農林水産省に入省し、仕事をしていたわけですが、日本のグランドデザインを作るのは政治だということで、35歳で中央官僚を辞めて国政を目指し、出馬することにしました。その後、選挙を経て36歳で国会議員になりましたが、日本を覆う閉塞感を打ち破りたいという強い想いと、国のビジネスモデルが21世紀の時代に向いていないのではないか、また中央集権ではなくそれぞれの地方が独立し、特色を生かして切磋琢磨していかなければ日本が世界に取り残されてしまうのではないかと痛感し、50歳で国会議員を辞めて地元愛知県の知事に転身しました。

青木:
なるほど、地方分権の重要性を発信していくのは、地方の長として携わっていくのがベストだと思われて、行動を起こされたのですね。

知事:
政治家というのは言葉だけでなく、それを行動に移していくことが大事です。
言葉にするだけで、自分の身を安全な所に置いて責任逃れするのはいけません。自分で行動を起こさなければという想いで、国会議員から知事に転身しました。

青木:
国会議員と知事、両方の立場を経験された大村知事ですが、立場でどのような違いがありましたか?

知事:
両方、大事な仕事だと思いますが、日本は議院内閣制で国会議員は722名います。このため、国会議員は個人ではなく政党の力によって決めていくことになるのです。自分ひとりで責任を負う構造ではありません。一方、知事は直接選挙で選ばれた、740数万人に近い県民の代表ですからね。知事となって3年目になりますが、その責任の重さをひしひしと感じています。

青木:
ところで、知事は、官僚時代は農林水産省のお仕事に携わってこられたのですが、国会議員時代は厚生労働関係や障害者支援のお仕事に多く携わっていましたようですが、それは何故なのでしょうか。また、それらのお仕事を通して福祉で最も大事なことは何かと思われましたか?

知事:
国会議員として多くの仕事に携わる機会がありました。農業はもちろん、愛知県はトヨタ自動車をはじめ自動車産業や製造業が盛んなので、それらの経済・産業政策もやりました。でも、その中でもなぜか厚生労働関係にご縁があり、責任者を任されるようになりました。厚生労働と一言でいっても、非常に分野が広く多岐にわたっています。医療・福祉・介護・年金・雇用や労働そして子育てなど、生まれてから死ぬまでの人にまつわることを全てやる所です。日本は資源のない国ですが、人口は1億3000万弱あり、明治以来、人材が一番の資源となって、日本を発展させてきました。人づくりをするのが社会保障や雇用政策を含めた厚生労働だと思い、やってきました。仰られるように今、日本は地方分権化が進んできており、厚生労働の仕事や権限がより現場に近い地方にたくさん降りてきています。ですので、国政時代に積んだ経験が今非常に役に立っていると感じています。







<次週に続く...>

  


Posted by 青木麗子 Reiko Aoki at 10:00Comments(0)日本と中国

2013年03月18日

滋賀県知事インタビュー(6/6)




青木:
これこそが地方間交流あるべく姿ですね。日本企業が中国に進出したことで中国の雇用の創出や経済の発展に大きく貢献をしています。

知事:
そうですね。それで、湖南省の省長さんも「あなたたちは、私たちがまだ経済発展する前からの友達だ」と。「後から経済的利益を得ようとして来た友達ではない」と言ってくださっていますした。日本と中国は深い繋がりがあるのです。瀟湘八景、漢字、漢文、みんな中国から伝わってきているのですから、。仏教だって、特に滋賀県の文化の多くははみんな中国からですよ。比叡山の延暦寺の天台宗は、浙江省の天台寺の教えですから。最初の遣隋使の小野妹子は、滋賀県生まれなんです。
ですから、本当に中国の文化と精神をいただいているので、これは忘れてはならないというのが私の中国との交流外交の原点です。

青木:
本当にその通りですね。日中両国は一衣帯水の間柄にあり、切っても切れない関係にあるのです。同じ漢字を使い、漢文や儒教の教えに精通している民族は、地球上で日本以外にないのですから。

知事:
今、国政で言わせていただいているのも、あまり政治的に先鋭化せずに、多重外交、多重協調外交、国は国で領土を守らなければいけない、でも、地方自治体は地方自治体同士で、友好協定など結んで、そして人と人の関係を作り、企業は企業同士で信頼関係を作り、そして人々はお互いに、多重協調外交をやっていただきたい。その事を是非、訴えさせていただきたい。来年は湖南省との友好提携協定30周年です、それを機に更に友好信頼関係を深めていきたいと思っています。

青木:
知事は30年前に既に中国にご訪問なさって、今も行ってらっしゃいますね。この30年間の中国の変化というのは、知事の目から見ると、どういう感じですか。

知事:
浦島太郎です。本当に目を見張る発展だと思います。

青木:
本当にそうだと思います。30年前の中国は今の中国ではまるで別の国のように私は感じています。

知事:
共産主義、大きな国家を統一するためのに必要な体制だったかもしれませんが、やはり、より資本主義的な経済システムと、それから文化と人々の意識の開放という事をなさる中で、私は今中国の皆様の持っている潜在的な能力が発揮されている、素晴らしい力が発揮されていると思っています。

青木:
そうですね。今からの中国は政治的にも社会的にも色んな問題を抱えながらも、おそらく、安定して発展していくんだと思いますし、何年後か、世界でアメリカを抜いて経済力も一番になっていくと。名実ともに大国として取り戻すという事になるでしょうけれども、そのような大国になった後の中国に対して、知事はどのような事を中国に望みますか。

知事:
人間としての基本的な幸せだと思うんです。やっぱり、人を大切にする、そして女性や子どもや高齢者や障害を持っている人を含めて、弱い立場の人を大切にする。もちろん今でも大切にされていると思いますが、発展していく中でそういう国家に育っていただきたいなと思います。

青木:
そうですね。またアジアの中において中国というのはどうあるべきだと思われますか。

知事:
アジアにおいても、やはりこれから日本は人口減少、そして様々な課題、制度疲労も起こしていますが、日本と手に手を携えて、アジアのリーダーシップをとっていけるといいなと思います。互恵的戦略的互恵関係、お互いにwin winの関係で、今、尖閣問題発生以降、互損になってしまっていますよね。これはやっぱり、幸せな状態ではないので、互恵的戦略的互恵関係を作れるように、私は自治体の首組長として、また、女性としても繋がっていきたいです。こうして今日、青木さんにお会いできたのも、一つの大きなきっかけなのだと思います。

青木:
ありがとうございます。私自身も女性ですが、女性ということにはあまり意識はしておりませんが、社会の一員として、果たすべくことを果たしていかなければいけないし、私自身も日本と中国を繋ぐ仕事をしていますので、知事がおっしゃるように、世界の人々が平和で安定した環境の中で、子どもを産み育て、社会が健全に育まれる事が一番大切な事だと思います。

知事:
生きている人々の幸せという事だろうと思いますので、ここは、どんな体制になっても、人間としての原点だと思いますので、是非ともそういう事で、お互いに力を合わせてやっていきたいです。

青木:
最後に、中国の皆様へメッセージをお願いします。

知事:
右肩上がりで発展をしておられる事に、大きな期待をさせていただくと共に、やはり足元も見て、グローバルかつローカル、ローカルかつグローバル、そのバランスある発展をお願いしたいと思っています。これは私たち日本人に対する想いでもあります。
私の座右の銘は、「まっすぐに、しなやかに」。まっすぐにというのは、化科学的な原理、社会としての合理性、公平性、透明性、そこは、ぶれずにまっすぐに。冷たい頭に、熱いハート。しなやかには、人間としての熱いハート、そのバランスが私は政治の原点でもあると思っております。

青木:
知事、本日は本当にありがとうございました。知事のこれからもお体を労りながら更なるご活躍を期待しています。






  


Posted by 青木麗子 Reiko Aoki at 10:00Comments(0)日本と中国

2013年03月11日

滋賀県知事インタビュー(5/6)




青木:
さて、知事、中国の事について少しお伺い出来ればと思います。
滋賀県は中国のどこの地域と交流があるのでしょうか。

知事:
湖南省と友好提携協定をしています。来年2013年で30周年になります。湖南省との縁ですが、近江八景という、琵琶湖の美しい八つの景色、これは湖南省の洞庭湖の瀟湘八景からいただいているんです。例えば、「比良山の平沙落雁」に対して、こちらでは「堅田の落雁」であるとか。そして湖の繋がり。滋賀県は世界中、ミシガン湖なり、あるいはブラジルのパトス湖なり、湖を縁にした姉妹州があります。それで、中国ももう30年前から洞庭湖のある中国の湖南省と友好姉妹協定を結んでおります。

青木:
そうなのですね。そう言えば、琵琶湖周辺で、湖南と湖北と呼ばれている地域がありますね。それは実に分かりやすいですね。知事も何度も湖南省をご訪問されていますか?

知事:
はい、実は知事になる前に、1983年、第一号の環境視察使節団の一員として訪問しました。当時、私は琵琶湖研究所の職員でしたから。中国は当時まだ水質保全という概念がなかったと思いますね。その後、滋賀県は、これまでの30年間で約200人の研修技術生研修員を湖南省から受け入れ招待して、滋賀県において、で半年または1年間、研究所等での環境技術研修をはじめ、医療福祉、観光などの様々な分野でについて研修をしていただきました。また、医療福祉、観光などの面でも、研修生を200人受け入れてきました。このように滋賀県と湖南省とは人的繋がりの拡大に貢献をさせていただいています。

青木:
人的な繋がりを作る。これは本当にとても大切だと思います。日本、滋賀県を訪れられた中国の人々はかならず好きになってくれますから。それは滋賀県にとっても大きな財産となるはずですね。

知事:
本当にそうだと思います。私は知事になって以後、何度も中国を訪問しています。具体的には友好協定25周年の時に湖南省を、訪問しました。その後、第13回世界湖沼会議が中国で開催された時にはを湖北省の武漢をで開催された時も訪問しました。今年の5月に中部六省の経済フェアにも行かせていただきましたし、それ以外にもは観光キャンペーントップセールスで3年前に北京、去年、今年は、関西広域連合による観光トッププロモーションで、上海なども訪問しましたております。また今年5月には「中国中部投資貿易博覧会」で湖南省に、さらに11月の県産農畜水産物輸出プロモーションで香港を訪れました。知事になってからは、合計で6回中国に参りました。私は中国の湖が大好きで、太湖、鄱陽湖、それから洞庭湖ですね。湖研究をずっとやってきましたから。

青木:
中国の湖についても造詣が深いですね。

知事:
ありがとうございます。でも、今の日中関係は本当に悲しい状況にありますね。尖閣列島の事でもめているからせっかくこれまでに続いてきた交流に影響が出ていますがストップ。実は湖南省で9月15日に、湖南省の要請を受けて湖南省の要請を受けて滋賀県か長沙市の中心街に進出した平和堂が大襲撃を受けて、、、、3号店、今度4号店。本当に地元の皆様に育てていただいたのにそこがめちゃくちゃに壊されて・・・。

青木:
あれは本当に酷かったですね。私もニュースで見ました。心が痛かったです。なんの責任もない一般の企業を襲撃するなんて本当に酷い、、、。でも、暴徒化する中国の若者たちが店内に押し掛け、辺り構わず物を壊して行く中、日本人スタッフの安全確保のために、中国人店員さんが命がけで日本人に避難をさせていましたね。その光景を見た時は本当に救われた気持ちになりました。暴徒化している若者はほんの一部で、絶対多数の中国の人々は冷静で友好的だと私は信じているから。

知事:
デモの後すぐに、私は湖南省の省長さんにお手紙を書き、ました事件の再発防止と安全の確保、そして事業活動の円滑な再会を願っているとお伝えしました。その後省長さんからがは、滋賀県と湖南省は長いおつきあいがある、今後も全力を挙げて両県省の協力と交流に尽力し、日系企業の事業展開に協力する皆さんの経済的な利益はちゃんと守るからとおお返事を下さいました。湖南省人民政府のご支援もあって、平和堂はすぐに再建し、10月27日に再オープンしました。その物語が、「ガイアの夜明け」というテレビ番組で放送されています。

青木:
その番組、私も見ましたよ。とても感動しました。

知事:
ありがとうございます。あの時にも、中国の従業員の方が、自分たちが作った店だから自分たちの手で守ると言っていました。元は日本から来たかもしれないけれど、日本人はたったの87人ですよ。あとの何千人もの従業員はがみんな中国の方なんですよ。だから、平和堂を愛して下さっている湖南省の方が、自分たちで再健するんだとやっていただいた、これこそが本当の友好協定ですよ。もう涙が出ました。







<次週に続く...>

  


Posted by 青木麗子 Reiko Aoki at 10:00Comments(0)日本と中国

2013年03月04日

滋賀県知事インタビュー(4/6)


青木:
今回知事が色んな事に立ち上がって様々な事に取り組んでらっしゃる中で、日本のエネルギー問題がありますね。今ストップ原子力という事で取り組んでいらっしゃいますけども、将来の日本のエネルギー政策はどうあるべきだとお考えですか。

知事:
そうですねぇ、日本には資源がない資源がないと言って、原子力政策を進めてきたんですけども、例えば、ヨーロッパ、ドイツと比べたって、日本は太陽光がすごく多いですよ。それから風だって海辺は多いですし、それから波の力もあるし、森林の生産量、これもヨーロッパの倍ぐらいあるんです。そういう事を考えると、この自然資源をどれだけ上手く活用していくか。で、今まで40年間50年間、日本の科学技術の9割が原子力にお金を入れているんです。ですから、同じくらい自然エネルギーの研究に入れたらですね、日本は自然エネルギー大国になれます。

それでその過渡期はそれこそ効率よく化石燃料を使えるようにする、。そして省エネ、節エネですね。それと電気の場合には、蓄電などのスマートシステム、社会システム、経済システムとして作っていく必要がありますね。私たちはこの卒原発というのは10年でシステム全体を作ろうという事を考え、ただし、電気料金は上げずに。電気料金を上げてそれで経済が疲弊する。本当は円高の方が問題なのに、原発をやりたい人たちは、脅しをかけてるんですよね。電気料金が上がるから、企業が逃げると。それよりも円高の方がよっぽど問題ですよ。

青木:
円高は本当に深刻な問題ですよね。日本企業の国際競争力がどんどん弱くなってしまいますから。

知事:
それを考えると、本当に逆キャンペーン。原発必要!必要!と。この地震列島で、もう一度、福島と同じ事故を起こしたら、私は国際的に日本はもう相手にされない。過酷事故を防ぐために、IAEAなどから、ちゃんと安全装置をやりなさい!やりなさい!と言われながら、目をつぶって対処しなかったから、こんな事故が起きたわけですよ。自民党の時代にね。ですから、無責任体制をまだこのまま日本は続けるのか、私もフランスやドイツに友人がいますけども、国際的に今はおとなしいですよ、でももう一度事故を起こしたら、もう日本は相手してもらえない。国際的地位を失うと思いますね。

青木:
確かに、地震国と原発、これは確かに大きな深刻な問題ですね。自然エネルギー、これも一生懸命取り組んでいかなければいけない命題ですね。エネルギーの安定した供給、これもまた非常に大事なテーマですね。

知事:
これから、今がスタートだという事です。滋賀県は、そういう意味では、潜在的に、水も森も光もありますからね。






<次週に続く...>

  


Posted by 青木麗子 Reiko Aoki at 10:00Comments(0)日本と中国

2013年02月25日

滋賀県知事インタビュー(3/6)


青木:
looks good, taste good, and safety.これをキャッチフレーズにするといいですね。
ところで、知事、日本は、これまでに女性の社会進出というものが非常に乏しくて、でも日本の女性というのは、高い教育を受け高いたかい能力を持ったて人材がたくさんいますね。しかし、残念ながら社会であまり発揮されていない。知事のようにトップリーダーとして活躍している女性は日本では本当に稀な存在です。女性がどんどん社会に進出できる為には、日本は実に多くのことについて早急に取り組まなければならないと思うのですが、そのことについて知事はどのようにお考えですか。

知事:
私もずっとライフワークで女性の社会参画をやって参りました。今年度、世界経済フォーラムが発表したジェンダー・ギャップ指数では、日本は135カ国中英語が入る101番目、本当にもったいないです。日本の女性は男性と同様に教育を受けて、そして資格も持って意欲も持っている。教育を受けているという事は、教育費を入れているという事ですよ。
例えば、お医者さんをひとり一人養成するのに、国の費用は1億円入れているんですね。そして女性医師は今、3割から4割おりますけれども、サポート出来ていない。子育てと仕事が両立できる社会環境がない。日本では、女性の労働力率が30歳代を谷とするМ字カーブを描いています。という年齢と有業率で30歳がぐっときて??。10人の女性、子どもを産むと67人が辞めてしまう。全国知事会では、このМ字カーブが何故生じるのかというの原因究明を各47都道府県別でやりました。そしてそれぞれ対策をとりました国に対し提言もしました。ポイントはですね、まず保育園なり、学童保育なり、幼児保育なり、ベビーシッターなり、保育の支援です。でもこれは、6分の1くらいです。
二つ目は、家族の理解です。旦那さんの理解、それから特に夫の家族の理解が必要ですね。「嫁がそんな仕事に出て」と私も言われました。

青木:
はい、それは私も同様、結婚し子どもが生まれた後に「まだお勤め御務めに行くの?」よく言われましたよ。

知事:
「嘉田家の長男を託児所に入れるな」と、「あなたはどういう責任持つんだ」と、。「いや、お義母さん見て下さい。20年後に見て下さい。ちゃんと育てます」と。だから、旦那さんだけではなくて、旦那さんの家族や親族の冷たい白い眼。そして三つ目は職場です。そして四つ目が自分の意識精神です。やっぱり、母親は一緒にいてやらなきゃという母性神話があるんですね。この母性神話は大罪的に苦しいです。子どもに何か悪い事があると、私が仕事に出ているからだと、私もいつも思い悩んできました。

青木:
本当にそうですね。私もずっと罪悪感に思い悩みながら子育てをして参りました。

知事:
いつも子どもに相談するんです。「お母さん仕事してあなたに悪いわね」、「隣はみんな家に帰ればお母さんがいるでしょ」と。そしたら長男が小学校4年生の時、こう言いました。「お母さん、お母さんはいつも隣と比較するね。そんな事言うなんてお母さんらしくない。僕は寂しくない、ちゃんと仕事に出なさい」と。
ただ、その長男が20歳になった時、「あなた、本当に寂しくなかったの」と言ったら、「僕は寂しかったよ。でも寂しいって言ったらお母さん、あの時挫折しただろう」って、20歳になった長男に言われました。

青木:
私もその都度、子ども達に励まされてきました。子育ては実は親育てなのですね。

知事:
はい、私も本当に子どもに育ててもらいました。本当に子どもが母親を育てて、今は孫がおばあちゃんを育ててくれています。ですから、M字カーブの要因を、自分の意識、そして社会の意識など、六項目をが私たちは今整理しています。実はこれが全て上手くいかないと一歩が踏み出せない、。極めて難しい連立方程式を解かなければならないんですよ。その為に滋賀県では今、滋賀マザーズジョブステーションmothers  of  stationといって、カウンセリングから無料の一時保育所付きで、そして仕事の情報、保育園の情報、それと、お母さんが出てもいいのよという社会○○の支援の滋賀マザーズジョブステーションmothers  of  stationをようやく作りましたけれどもね。ここまでトータルなサポートができる施設を都道府県別に作ったのは全国で初めてだと思います。

青木:
今からの日本の元気を取り戻すためにはこの女性の力が本当に必要不可欠ですよね。

知事:
女性の社会参画の多い所は、きちんと子どもが産まれる、出生率が高い。フランス、ノルウェー、デンマーク、スウェーデンなどがそうですね。それで財政もいいんです。だって、納税者が多いのですから、財政もいいんです。それに比べてギリシャ、イタリア、スペイン、日本、韓国は、女性の社会参画が悪いから働き手が少ない。それでもったいない事しているから、財政も悪い。、それで消費税上げる、「消費税上げる前に女性の参画を」と、私は党首討論でずっと言ってきております。

青木:
そうですよね、生産人口を増やし生産力を上げ税収を増やしていかないとい行けませんね。

知事:
しかも内需拡大で子ども産業から、医療福祉、介護、そして農業、環境、あと観光ですね。滋賀県はそれがまだまだ隠れていますね。






<次週に続く...>

  


Posted by 青木麗子 Reiko Aoki at 10:00Comments(0)日本と中国

2013年02月18日

滋賀県知事インタビュー(2/6)


青木:
さて、知事になられた2006年以降、研究者から知事になられて県政にあたられておられるこの過程において、色々な困難もぶち当たってこられたのではないかと思うのですが、滋賀県はどのような問題を抱え、それを乗り越えるために知事はどのようなチャレンジをしてこられたのか、そのあたりのことについて少しお聞かせください。

知事:
滋賀県は琵琶湖も含めて、農林水産業、歴史、文化、観光、人々の力、ものすごい潜在力があるのに、広報力がない。ブランド力がない。そして、それをあまり発信しようと思われない。とても奥ゆかしい県民性なんです。なので、100あっても50くらいしか宣伝しないのです。そして宣伝という事をあまり良いと思っていない。そこがよいところでもあり、問題でもありました。

青木:
そうですね、それは日本全体にも通じる話だと思いますね。

知事:
私にはアメリカ、中国などに友人がいますけれども、アメリカなんかは、50あれば100宣伝します。まず、言語体系がI(アイ)から始まります。中国もやはり、我(アイ)から始まる。私たち日本人は、私たちは・・・という主語がないですから、三人称から始まりますから、この言語体系からして精神構造が違う。中国、アメリカは個人主義でどんどん前に出ていく。日本は共同体主義で宣伝が下手。それの典型が滋賀県ですから、良いものを持っていても、本当に宣伝しない。これをどうやったら、皆さんが誇りを持って、自信を持って、滋賀は良い所よと、自分の言葉で語ってもらえるか、それが6年間の一番大きな課題でした。

青木:
それは、私自身も色々な所で感じました。今のこのグローバル化時代というのは、自己主張しないと誰もあなたの良さを分かってくれない。分かってもらえないと、隅っこにおいていかれる。ですから、今日は大変良いチャンスなので是非大いに滋賀県をPRして下さい。滋賀県の産業構造はどのような感じでしょうか。

知事:
生産活動からしますと、県のGDPですね、生産額の中で、42%ほどが製造業なんです。第二次産業なんです。この割合は全国で第一位です。滋賀県は製造業の物モノづくり県であるという事、これが実質的には、しかも労働生産性も高いです。製造業によって経済が支えられています。見た目は田んぼが多いし、山が多いし、農林水産業が主のように見えますけどが、農林水産業の生産額は1%くらいです。社会的、歴史文化的に農林水産業は大変大事です。農業は、2300年前に米づくりが始まり、近畿圏の米の供給地で、最も重要な近江米の産地ですし、京都や奈良、大阪を支えてきました米、。それから近江牛。近江牛も歴史が大変深長いんですね。あと加えて、野菜というようななどの農産物の供給。ただしこれ農産物は、ブランドなく農産物を供給していたんですね。

青木:
なるほど、製造業が強い地域であるとともに農業、水産業も大変進んでいる県であること、それは知りませんでしたね。

知事:
近江米はあるんですけれども、典型的なのが、野菜ですね。例えば、京野菜ありますね、漬物の千枚漬け。あのカブの8~9割は多くが滋賀県で生産しているんですけど、京野菜・京漬物なんです。さくら漬けなどというのも、元は滋賀であったり。つまり、名前がなくて、言わば、「縁の下の力持ち」。そこに対して私はここに名前を付けましょうよと、近江野菜とか。それで、日本の農業政策が主産地形成といって、ピーマンなら高知で一斉に一種類作るとか、そういう状態だったんですけれども、私自身が、農学部で農業経済をやっていましたから、主産地形成での、単品目生産ではなく、多品種目少量型で近接型の近郊型の農業を強化しようと思っています。

青木:
なるほど、京都の京野菜や京の漬け物の野菜は滋賀県からも供給されているのですね。

知事:
消費者がすぐ近くにいてくれるんですから、これを活かしましょうという事で、「おい滋賀、うれ滋賀キャンペーン」、食べた人が美味しい、そして供給する人が嬉しい、それは生産者、流通、加工、ですから第六6次産業化と今呼んでいますけれども、それはをかなり先駆的にやっておりまして、それで生産者と消費者を顔が見える関係で繋いでいく。、そしてその見える場所が、道の駅であるとか、農家の人が持ち込んで、直接販売をする、。それが今では、8070ヶ所を超えたくらい、そのくらい生産額直売所が増えています。なによりも、地域のお年寄り達の皆さんが、作ったら売って、小遣いを稼げる、これが嬉しいんですね。お小遣い稼いで、畑仕事して、それが何よりも健康というところで大事ですね。

青木:
やっぱり今、何事もブランディングが大事ですね。ブランド力があれば、付加価値が付けられて、高い値段で売れるし、そうなれば作る人も嬉しいわけですものね。

知事:
そうですね。そして滋賀の場合は、安全性を担保してに出来るんです。と言いますのは、田んぼでも、使作った後の水は琵琶湖に入りますから、農薬を減らす、。そして化学肥料をも減らす。という事で、環境こだわり農産物、環境に配慮した農産物を生産することというのが、琵琶湖の水を守ることとセットになっていまです。それで、「eat eco」。食べて環境ることで。食から環境を守る。滋賀のお米を買ってくださったれたら、結果的に琵琶湖に優しい農業をやっているんですよという事で、「eat eco」
環境こだわり農業。その水が実は、京都、大阪、神戸など、1450万人の水源になるわけなんです。話しが上手く出来過ぎているようですが、事実なんです。ですから、京都、大阪に行っても、このお米を食べて下さい、このお米を食べて下さったら、琵琶湖の水も守れるんですと、。出来るだけ高く買って下さいと。例えば10キロを他のところが5000円ならば、出来れば7000円~8000円で買って下さいという事で、一つの売り込みですね。
これを香港もでシンガポールにでもやらせていただいております。

青木:
安心で安全、しかも美味しい食材、これをどんどんPRすべきですね。

知事:
looks good!, tastes good!, and safety!. この3拍子揃った物ているのが滋賀の農産物ですので、これを香港などでも盛んに・・・へも売り込んできました。







<次週に続く...>

  


Posted by 青木麗子 Reiko Aoki at 10:00Comments(0)日本と中国

2013年02月11日

滋賀県知事インタビュー(1/6)


【インタビュー】 知 事 :嘉田由紀子 / インタビュアー:青木 麗子


青木:
知事、本日は大変お忙しい中にお時間いただき、ありがとうございます。知事とお目にかかれるのを楽しみにしていました。等身大の日本を中国の皆様にお伝えするため、私が日本全国を回って知事インタビューをさせていただいております。
本日はどうぞ宜しくお願い致します。
早速ですが、知事の学生時代の事について少しお聞かせください。

知事:
私の学生時代は、ともかく、アフリカ探検がしたくて。世界中を自分の足と手で、そして耳で聞いてみたいという事で。小田実さんの著書、『何でも見てやろう』に中学時代に憧れました。それから、『サバンナの記録』の著書の梅棹忠夫さん、そして今西錦司さんの『人類の誕生』を読み、ともかく、アフリカに行くんだと思ったのです。電気もガスも水道もないアフリカで人類の起源を辿りたいと思い、京大の探検部に入りました。
それと同時に、滋賀、関西に住んでみたいとも思いました。私は元々埼玉県生まれなんですが、中学の修学旅行で、比叡山延暦寺1000年の「不滅の法灯」と杉木立、山の上から見える琵琶湖、この美しさに魅せられて、住むのはここだとその時に思いましたね。学生時代の研究はアフリカがテーマでした。

青木:
なるほど、探検部というのは、アフリカ探検だったのですね。

知事:
ともかく、世界を股またに、特に女性の幸せ、子どもの幸せを求めたいと思いまして、
それで研究者になろうと思ったのです。ですから今、あの当時思っていた女性の幸せ、そして、水と大地、環境を守るという事も、自分の家が農家だったということもあります。アフリカに行くと本当に電気もガスも水道もない。でも、女性と子どもが元気なんですよ。今の文明が、人間の本質的な強さを削いでいると思わざるを得なかったですね。ですから、いかに過剰文明からいかに人間性を開放するかというのが私の大きな課題でした。

青木:
知事は、若い頃から時代を先駆けて、グローバルな視点に基づいた研究にずっと携わってこられたのですね。過剰文明が人間の本質的な強さを削いでいる。全く同感です。私は本来、人間は五感を通した素晴らしい洞察力と強さを持っていると信じていますし、子育てをする時はそのことをとても大事にして参りました。子ども達は実に野生児で育ててきたのですよ。その御陰で今も心身ともにとても強いですね。

知事:
それは素晴らしい。私が当時考えていたことからすると、研究者として何十冊本を書いたとしても、全然社会が変わらない。女性の社会参画は進まないし、子どもは残念ながらなかなか増えてくれないし、子どもが暮らしにくいし、環境は良くならないし、それで2006年に、知事選にチャレンジしたのです。知事として、税金の無駄遣いもったいない、琵琶湖の自然を壊したらもったいない、子どもや若者の生きる力を損なったらもったいない、3つのもったいないを訴えて、知事になって政治を変えなければいけないと強く思ったのです。

青木:
研究者学者から政治家への転身、それは大きな事に挑戦されましたね。

知事:
でも、知事として6年間頑張って分かった事は、国政に県から手を挙げないと、自然を守れない、琵琶湖の水源ひとつ守れない、。原子力発電所も事故から守れない、女性の参画も雇用政策も全て国が決めている、。そして子育てだって、こんなに子どもを産み育てにくい国はないですよ。

青木:
日本は働く女性にとって子どもを産み育てにくい国であることは私も実体験をもってそう感じています。私も働きながら3人子どもを生み育てて参りました。今振り返って思えば、よく頑張ってきたなというのが実感です。幸い、私の場合は夫が理解のある人で、よく協力してくれたので頑張ってこられたのだと思います。・・・

知事:
えー?3人いるの?負けたなぁ・・・。すごいですね、3人もいてここまでやってこられたのですね。私はもう2人でも手一杯でしたけれど。

青木:
はい、3人の子どもを生み育てながら、自分も育てられてきたように思います。
ところで、知事は若いころから、しかも日本がまだまだ国際化したと言えない時代に世界に目を向けて、果敢にチャレンジされたのはやはり群を抜いていますね。特に女性として。

知事:
世界の隅々まで歩いて、自分の肌身で人間の存在、人間の意味を感じたいという気持ちがありました。



<次週に続く...>


  


Posted by 青木麗子 Reiko Aoki at 10:00Comments(0)日本と中国

2013年01月28日

鹿児島県知事インタビュー(3/3)



青木:
ところで、今年は日中国交正常40周年の記念の年ですが、しかし、大変残念な事に、今、日本と中国の関係はこれまでにないもっとも厳しい状況に直面していると思います。知事はこの状況をどのように見ていらっしゃるのでしょうか?

知事:
両国の関係、特に主権同士がぶつかり合うと、なかなか解決が難しいですね。しかし、地方と地方が交流を深めてゆき、今後日中間の関係を立て直し、積み上げてゆく事。また両国の若者が相互理解を深めること。青少年交流・経済交流が日中間の国民の心のひだ、その中における日中間の距離を縮めていくことにつながると思います。これが関係修復の大事なポイントではないかと思います。いろいろと困難な局面を迎えるときもありますが,そういうときにこそ,本県のように,国家の繋がりの基礎となる地方政府レベルでの交流を進めることも重要であると考えております。

青木:
 はい、知事がおっしゃる様に、こういう時だからこそ、地方間交流を続けること、民間交流を発展させることが極めて重要だと私も思います。
ところで、日本の政治の行く末について中国の学者・要人の方々も注目しています。知事はこれから日本の政治がどうなってゆくとお考えですか?

知事:
日本の政治はここの所、まとまりが欠けていく可能性が感じられます。二大政党が崩れてきて、これからどういう体制になるのか、まだ先が見えていません。いろんな考え方ができ、いろんな人が活動・発言を始める。
この状態をどう収斂するかというスキルを日本はまだ持っていないと思います。当分の間は抱える問題のテーマごとに同じ考えをもつ政治家たちが政策提携していくという事が続いていくと思います。

青木:
日本はまさに伊藤知事のような経験豊富で、資質の高い政治家が求められていると思いますので、今後知事のますますのご活躍を心からお祈りしています。
それでは知事、中国の皆様にメッセージをお願いできますか?

知事:
日中両国は,引っ越したくても引っ越しできない緊密な関係であり,その交流はすでに何百年と続いております。私は,鑑真和上と二階堂進先生の日中友好への想いを引き継ぎ,一衣帯水の両国関係を平等互恵の精神に則り,これからも丁寧に日中両国の関係を築いていかなければならないと考えております。
また,鹿児島は,上海などアジアの主要都市と直行便で結ばれるとともに,九州新幹線全線開業とも相まって,大きな経済成長が見込まれる「環黄海地域」の高速交通ネットワークの一角を占めております。上海だけでなく,北京や大連など中国の大都市から,福岡を経由して九州を周遊し,鹿児島から帰国するという観光ツアーの造成も可能になりました。今後このネットワークを十分に活用することにより,中国をはじめとしたアジア諸国との交流を深めることによって,多くの外国人観光客の方々に本県を訪れていただき,鹿児島の持つ様々な魅力を味わっていただきたいと考えております。中国の皆さん,ぜひ一度鹿児島にお越しください。

青木:
最後に知事の座右の銘を教えて頂けますか?

知事:
「身に私を構えず」です。
自分の利益だけを考えるのではなく,他人つまり大衆,全て世の中のために配慮し,他人のことを自分のことより優先に考えるということです。私自身も常の念頭に置いて,みずから体現できるよう努めているところであります。

青木:
伊藤知事、本日は貴重なお時間をありがとうございました。









 

  


Posted by 青木麗子 Reiko Aoki at 10:00Comments(0)日本

2013年01月21日

鹿児島県知事インタビュー(2/3)

 


青木:
それは、素晴らしい取り組みですね。ところで、鹿児島県は、明治維新に大きな貢献を成し遂げられた志士達を輩出している県でもありますね。

知事:
はい、鹿児島県は経済的にそんなに豊かな県ではないのですが、いかにして県民が安定した生活を送れるようにするかが大切だから、本当に鹿児島らしさを生かすとなると、最後は「鹿児島教育」です。昔から「郷中教育」というのがあって、その土地の若い青年達が子どもたちを教育する。その「郷中教育」を復活させて、鹿児島の県民性をもう一度作り直していくことが必要であると思っています。

青木:
ところで、鹿児島県は地理的にも中国から近く、唐の時代に、鑑真和上が一番最初に上陸した地が
鹿児島県の坊津だったと聞いていますし、今でも中国とは大変緊密な交流が行われているとお聞きましたが。

知事:
そうです、鹿児島県には鑑真和上の上陸を記念するための記念公園や鑑真記念館があり、今でも県民から大事にされています。そして、江蘇省とは,1985年の農業分野での技術交流を契機として交流が始まり,1998年からは毎年交互の地で「交流協議会」を開催しており,この協議会での合意に基づき,行政訪問団の受け入れを始め,海外技術研修員や国際交流員の受け入れ,青年交流の実施など様々な交流を実施しています。
江蘇省との長年にわたる各般の交流により,相互の人材育成や人的ネットワークの構築,認知度向上が図られているところです。
また,中国華南地域の中心であり,中国本土に向けた交流・交易の拠点的機能を担っている香港とも,1980年に鹿児島で第1回交流会議を開催して以来,2年ごとに交互の地で「交流会議」を開催し,この交流会議を核にしながら,幅広い分野における交流を活発に展開しております。
去る10月25日には,総勢115名のミッション団で香港を訪問し,「第18回鹿児島・香港交流会議」を開催したところであり,観光,経済,芸術,文化などの分野で協議・意見交換を行い,今後一層の交流促進を図ることを確認しております。また,この交流会議に併せて,経済セミナーや貿易商談会,観光セミナー,レストランフェアの関連事業を実施するとともに,テレビCMの放映等を通じ,本県のPRを図ったところであります。

青木:
なるほど、それで、近年では、美しい桜島、温泉、ゴルフなどを目的に中国からの観光客も増加しているのですね。

知事:
はい、鹿児島県は日本の九州の最南端に位置しており,東アジアに非常に近いという地理的特性をもっております。距離的には,上海まで約860kmであり,鹿児島から東京まで約960kmであることをみると,上海の方が近いということになります。
また,鹿児島県は,奄美群島などたくさんの離島を有しており,最北端の獅子島から最南端の与論島まで南北600kmにも及ぶ広大な県土を有しております。また世界自然遺産に登録された屋久島や約550の温泉施設も有しており、その中には,指宿市の「天然砂むし温泉」など世界的にも大変めずらしい温泉もあります。鹿児島の魅力のひとつは,「食」です。「かごしま黒豚」やさつまいもを原料とする「芋焼酎」や,サトウキビを原料とする「黒糖焼酎」などがあります。
手つかずの大自然,豊かな食材,食文化,豊富な温泉,鹿児島人の温かい人情など,鹿児島県には人々を元気にする「本物の素材」があふれており,鹿児島に来ていただければ,ここには必ず皆様を満足させるものがあります。




<次週に続く...>
  


Posted by 青木麗子 Reiko Aoki at 10:00Comments(0)日本

2013年01月14日

鹿児島県知事インタビュー(1/3)


【インタビュー】 知 事 :伊藤 祐一郎 / インタビュアー:青木 麗子


青木:
伊藤知事、本日はお忙しい中にインタビューを受けていただき、ありがとうございます。

知事:
こちらこそ、よろしくお願いいたします。

青木:
知事はどちらのご出身なのですか?

知事:
 鹿児島県が私の生まれ故郷なのです。僕は大学を卒業してから自治省に入って、それ以後ずっと中央官庁で働いておりましたが、知事に当選してから再び故郷に戻ってきたのです。

青木:
  そうなのですね。お若い頃の事や中央官庁時代のお話を少ししていただけませんか?

知事:
若い頃は公の仕事をしたいと考え、国家公務員というのは一つの目標でもありました。公務員になれば、社会の為にお役に立てられるし、その後いろんな活躍ができると思っていました。
1975年には外務省におりましたが、北京に行った時に天安門広場が全部自転車で埋め尽くされる光景も現地で見ています。それらの光景を見て、これが自動車に代わったら中国はどう変化するのだろうか、中国で何が起こるかとずっと見てましたね。

青木:
伊藤知事は、そんなに早くから中国入りをしているのですね。まさに、文革が終焉し、改革開放の3年前で、中国社会の変化を見てこられたのですね。

知事:
そうですね。その後、私は自治省では、地方分権改革の最前線で仕事をしていました。各省庁との諸調整などや政治家や経団連等とのやりとりもありました。大変忙しい職場でしたが、いろんなことを経験させていただき、また人にも恵まれたよい職場でした。

青木:
そのように恵まれた仕事環境におられたのに、何故、その仕事を辞めて知事選にチャレンジしようと考えられたのですか?

知事:
その頃、生まれ故郷である鹿児島が厳しい財政難に陥っており、新しい仕組みを作らなければ財政難を抜け出すことができないと考えた私は、これまでの地方行政に関する専門知識を活かして、鹿児島県を再生させたいと強く思うようになり、周囲の後押しを受けて、知事になる道を選びました。

青木:
 強い郷土愛が知事になることを決意させたのですね。ところで、知事になられてから、県政再生の為にどのようなことに取り組んでこられたでしょうか?

知事:
現在,我が国は,グローバル化の急速な進展,本格的な人口減少や少子高齢化の進行など大きな変革期を迎え,これまで有効に機能していた様々なシステムが十分に機能しなくなっており,将来に対しての漠然とした不安感や閉塞感が強まりつつあります。このような時代状況にあっては,人々が将来に対して、安心して自らの暮らしに明確な見通しや希望を持って、生活できるようにすることが重要であり,「子どもからお年寄りまですべての県民にとって優しくぬくもりのある社会」の構築が,より一層求められていると考えています。
  私は,時代の大きな転換期を迎える中にあっても,県民一人ひとりが生涯安心して働き,安定した生活を送ることができるよう,県民生活に直結する医療や福祉,介護,教育などの分野に特に重点を置いて,仕事,生活,絆の「3つの安心」を実現するための施策を進め,県民の暮らしの安定を図る為に取り組んで参りました。

青木:
鹿児島県は、近代日本の歴史において、とても重要な地域であり、美しい自然に恵まれた場所ですよね。

知事:
  はい、おっしゃる通り、本県の豊かな自然や個性ある歴史・文化,多様な食材など全国に誇れる本物の素材,南に開かれたアジアの玄関口としての地理的な優位性,我が国の食料供給基地としての役割等、発展の可能性を最大限に活かしながら,地域の経済・雇用を支える足腰の強い産業の育成,とりわけ,グローバリゼーションの中で,21世紀の鹿児島の基盤づくりに最も重要である農林水産業や観光を中心とした産業構造の高度化,再生可能エネルギーの積極的な導入・活用,快適で活力ある社会資本の整備などの諸課題にも取り組む必要があると考えています。
私は、すべての県民が郷土に夢と誇りを持ち生涯を安心して過ごせるような「力みなぎる・かごしま」,「日本一のくらし先進県」の実現に向けて,全力を挙げて取り組んでいるところです。













<次週に続く...>
  


Posted by 青木麗子 Reiko Aoki at 10:00Comments(0)日本

2012年12月24日

和歌山県知事インタビュー(3/3)




青木:
今日本は政治的にも経済的にも閉塞感で行き詰っていますが、中国の成長やについて知事はどのように見ていらっしゃいますか?

知事:
私は以前、通商政策局の審議官で中国担当しており、中国政府の貿易・産業部門とも仕事をしました。その頃、「中国は驚異かチャンスか」ということを日本の情報系大企業2社の専務にそれぞれお聞きしたところ、「中国企業の上にいる優秀な社員は非常に賢い。これはもの凄い驚異である。将来、その人達に自分達の会社の一番良いところを凌駕される恐れがある。自分たちが常に先を行き、中国が後をつけてくるというスタンスではなく、いつかは、立場が逆転するかもしれないという驚異を感じている」とのお話を聞きました。この現象はすでに中国内で表れています。日本企業もうかうかしていられません。日本企業が世界で企業活動を営むにあたり、その舵取りが非常に重要となる。舵取りが上手くいけば、中国13億人市場もターゲットになります。これはチャンスになります。

青木:
仰る通りだと思います。今日中関係が揺れていますが、知事はこの問題をどのように考えたらよいとお考えですか?

知事:
そうですね。日本も中国にはっきり言うべきことは言わなくてはいけないと思いますね。大国は全体の秩序を考えないと世界は壊れます。今や中国は経済発展を遂げ、世界中が注目する国家となりました。中国との関係なしには世界が成り立ちません。そうすると、中国には地球を守る責任が発生します。中国は大国としての義務や責任を負っていかなければならないのです。

青木:
本当にそうですね。大国には大国としての責任がありますね。中国も自分たちは発展途上国と未だに言っているのですが、もうそんな事はだれも思っておらず、中国は名実ともに大国として発展していますから。
ところで、知事、最後に中国の方々にメッセージをお願いします。

知事:
「和歌山いいとこ、一度はおいで」ですね。和歌山はすごくいいところです。中国の方々はきっと和歌山を気に入って頂けると思います。まず、和歌山には類をみないきれいな海、綺麗な緑が映える豊富な自然、たくさんの温泉があります。また、日本に影響を与えた中国文化が現存するところでもあります。例えば高野山。空海が中国の真言密教で一番偉い恵果に認められ、一番弟子となって帰国し開山した山です。当時、空海が持ち帰って来た中国の文化や伝統などが、今なお高野山にあります。きっと中国の方々にも、おもしろく感じて頂けると思います。また、和歌山での食べ物と買い物はおもしろいですよ。「和歌山いいとこ、一度はおいで」是非お越し頂きたいと思います。

青木:
本日はお忙しいところありがとうございました。








和歌山県
和歌山県(わかやまけん)は、日本近畿地方都道府県県庁所在地和歌山市。日本最大の半島である紀伊半島の西側に位置する。和歌山市を中心とする県北部は阪神工業地帯に属し、沿岸部には製鉄所石油製油所などの重化学工業が盛んである。




  


Posted by 青木麗子 Reiko Aoki at 10:00Comments(0)日本

2012年12月17日

和歌山県知事インタビュー(2/3)




青木:
知事は、制度改革のことについて、国に対しても非常に積極的にものを申す知事としても注目を集めていますね。

知事:
まず、ここで誤解がないように説明しておきたいのですが、他の県知事は国と地方を対立軸として捉えていて、国は地方に負担を押し付けていると訴えています。しかし、私はそういう姿勢ではありません。自分は中央官僚で育ってきた人間ですから、国のスキルも理解しています。和歌山を良くするためには、和歌山県も頑張るし、国も頑張ってもらわなくてはならない。しかし、国の頑張り方が足りないと思います。あるいは、こういう事が出来るのにしない、または、やっていることが論理的でないなど国のやることがいつも正しいとは限りません。手段の選択として正しいとは限らないのです。そういうことが分かるので、今国がしているこのことは間違っていると言えます。地方分権とはなにかというと、根本的に地方にできることは地方に移してと世間で言われますが、私はそうではないと思っています。地方でやれるから地方でやるのではなく、国と地方のどちらでやるのが一番良いのかをと考えるべきです。そしてやるからには全部責任を持つ。お互いに責任の擦り付け合いをしていることも見られますが、これは間違っていると思います。一番大事な地方分権のテーマは「自己責任」だと私は思いますね。

青木:
ところで、知事、少し和歌山県の事について紹介していただけませんか?

知事:
和歌山県は関西圏にある地方の県ですが、関西の中での役割が決まっています。
まず、和歌山は製造業の下支えをしていて、装置産業や部品産業が盛んです。ヨーロッパでいうところの北イタリアみたいなところですね。また、近畿の中で心のふるさとです。遊ぶところだし、大阪や京都などで希薄になってきた自然がいっぱいある、温泉もあるし、海も青い、山は沢山あるし、行くと楽しい。また歴史的にも古く、昔から巡礼の行き先となっており、高野山や熊野古道が残っています。自然と信仰・魂のふるさとです。関西の下支えをしている産業を有し、観光地である。この2つの要素を兼ね備えた魅力ある県だと思いますね。

青木:
なるほど、ところで、現在どこの県も財政収入が乏しく、人口が減少し、若者が地方から出てゆく傾向にあるのですが、和歌山県は如何ですか?

知事:
これは、和歌山県でも大きな問題です。日本経済成長中に発展した産業がありますが、これがあまり和歌山に立地していない。相対的に働く場所が減ってきたのです。若者は外へ出て行くため、日本の中でも高齢化が進んでいる県でもあります。そのため、若い人たちが地元に留まって働きたいと思えるように、雇用を充実させるべく解決に向けて取り組んでいるところです。

青木:
若者達を地元に留まってもらうためには、やはりなによりも若者達を活かす場がなければなりませんね。雇用を創出するということは本当に重要な問題ですね。ところで和歌山県は今中国とはどんな交流をしていますか?

知事:
和歌山県は28年前から山東省と友好提携を結んでいます。よく友好県で形骸化する例もありますが、和歌山県と山東省との関係は強固で、昔から交流が盛んです。最近では山東省に対して貢献できることは何かを考え、環境交流を始めました。山東省は今経済成長が著しく、昔の高度成長期の日本のようです。和歌山県は昔公害に苦しんできた過去があり、その公害を克服してきた技術やノウハウがあります。それら克服する技術やノウハウを伝えるために、こちらから専門家を派遣したり、山東省からの大勢の研修生受け入れを実施しています。経済交流として、毎年山東省で商談会を開催し、和歌山の企業が参加しています。また、山東省は産業が盛んなので、和歌山の企業との提携なども視野にいれた交流を目指しています。最後は人的交流ですね、継続的に毎年1名を研修生として派遣し、中国に精通した職員の育成を行っています。






<次週に続く...>


  


Posted by 青木麗子 Reiko Aoki at 10:00Comments(0)日本

2012年12月10日

和歌山県知事インタビュー(1/3)


【インタビュー】 知 事 :仁坂 吉伸 / インタビュアー:青木 麗子

青木:
知事、本日はご多忙の中にお時間をいただき、ありがとうございます。どうぞよろしくお願い申し上げます。

知事:
こちらこそ、よろしくお願いいたします。

青木:
まず始めに知事のご経歴について少しお話くださいませんか?

知事:
私はもともと学者を目指して大学に入学したのですが、結果的に学者ではなく役人の道へ進むことを決め、大学卒業後、通産省に入省しました。広く世間を見ることができ、学者的、知識人的な興味も満たすことができると思ったからです。役人というのは実践力が必要です。人のために尽くして、貢献し、具体的に形を残して評価される世界ですから、認識だけでなく、行動する人でなくてはならないので、これを自分で実践したいと思いました。

青木:
中央官僚からなぜ地方の和歌山県の知事になろうと思われたのですか?その思いときっかけについて少しお話くださいませんか? 

知事:
前知事が汚職で逮捕され、そのことで大変心が痛みました。私としても何とかしたいという思いがきっかけの一つです。

青木:
知事になられて、この県をどのようにしていこう、または困難に直面した、それを乗り越えるためにどの様なことをされたのでしょうか?

知事:
前知事が逮捕されたので、逮捕者が出ないような県政にしなくてはいけません。実態をそのままにして逮捕者が出ないようにするのは無理な話で、実態を変える必要があります。汚職が発生しないようなメカニズムを作らないといけない。官製談合を追放するのも同じです。このことに一生懸命取り組みました。
また、和歌山の調子が自分の子供の頃と比べて悪いと感じました。それで、色々原因を調べたのですが、ここ30数年県民所得の伸び率が非常に悪いことがわかりました。この問題は、原因となっていることに対し、制度をもって改善していかないとうまくいきません。例えば、インフラ整備や県庁の政策重点の置き方、教育制度や教育目標の改正、福祉や財政再建など、解決すべき問題は多くあります。それらの問題に積極的に取り組んで来ました。
あとは国際社会で生き抜ける県でなければならない、と思っています。そのためには和歌山県自身がもっとスキルを持ち、その和歌山県のスキルと民間の活力で世界に打って出るような県でなければならないと思い、取り組んできました。





<次週に続く...>


  


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2012年12月03日

三重県知事インタビュー(3/3)


青木:
本当にすごいことですね。
それで、今知事になられて2年目とのことですが、日本国内はじめ海外に向けてもトップセールスマンとして
三重県のPRをして知名度を上げて取り組んでいらっしゃるとのことですね。中国のマーケットも視野に入れられていますか?

知事:
もちろんです。特に中国との関係は重視しておりまして、我々は河南省と友好提携させていただいており、去年25周年を迎えました。私も去年河南省を訪問させていただきました。三重県は四日市公害を乗り越えた経験もありますし、これまでは環境規制の人材の交流や河南省も三重県と同じく農業が盛んなので、農業での交流にとどまっていたのですが、最近は開封市に三重県の「太陽化学」や「住友電装」という会社が進出したりしていますので、経済の交流や中原経済開発区ということで中国政府からも力を入れてもらっていると聞きますし、あと観光の交流協定を私がはじめて結びました。それまで三重県は世界中のどの地域とも交流協定は結んでおらず、去年私が行って初めて河南省と結ばさせていただきました。その中には直行便の就航をいれました。今までは鄭州空港から大連経由でトランスファーしなければいけなかったのですが、今後は鄭州空港から上海経由でトランジットして関空まで飛ぶようになりました。7月から東方航空から就航します。今後は鄭州空港からセントレア間の就航が一番の目標です。5月にも河南省の方々が来日し、三重県内のショッピングモールで河南省のPRを兼ねた少林寺拳法のパフォーマンスをしていただきました。

青木:
河南省は悠久なる歴史を持っている地域です。経済的には沿岸地域と比べればまだまだ
これからなのですが、しかし、豊かな歴史と文化を持っている地域として発展のポテンシャルは
大きいと思います。鄭州の発展は目覚ましいですね。都市整備が急速に進んで、本当に奇麗に変わりました。
ここ数年で大きく変わりましたね。
今までは本当にかなり遅れていると思いましたが、しかし、去年鄭州に行ってみたら、その変わりように驚きましたね。

知事:
その通りですね。あとは上海も観光の関係で現地の会社や「日本の窓」などを通してPRさせていただいたり、7月から三重県として三重県の企業が海外に展開、進出していくサポートセンターを上海に開設することになりました。今36の都道府県が海外事務所、海外拠点を設けていますが、そのうち6か所は民間に業務委託しています。うちもそうです。うちは上海の拠点とさらに三重県内にも専用の職員を配置し、海外向けのサポートをしています。最近の大きな出来事といえば5月末に北京でサービス業に関する展示会をはじめて中国で開催しました。初日は温家宝さんにも来ていただき、都道府県では三重県が唯一出店させていただいて、そのときは忍者のパフォーマンスをしたり、海女さんのパフォーマンスをしたりと現地の方にも喜んでいただき、いくつか商談も成立しました。あとは上海にもグルナビの会社があるのですが、そこに委託をして「微博」などを通じて三重県の情報発信をお手伝いいただいています。中国に対する情報発信は極めて力をいれているところです。中国のような巨大なマーケットにも三重県に振り向いてもらえるようにしていきたいと思っています。県内の基礎自治体、例えば四日市と天津、松阪が無錫と友好提携をそれぞれ結んでいます。

青木:
中国との交流は盛んに推し進められているのですね。ところで今中国は御存じの通り、数字では日本を追い越して世界第2位の経済大国になりました。これから益々発展していく事と思いますが、反対に日本は縮小気味で日本国民が自信喪失なりつつあります。中国の発展と今の日本の状況を知事はどのようにご覧になっていますか?

知事:
中国の発展についてですが、一部マスコミでは中国の経済成長は止まってきている。市場として魅力がないのではないかと言われていますが、私は全くそのように思いません。現地に行って躍動感を感じますし、私は現場主義を徹底していますので、三重県の中小企業さんが中国で展開しているビジネスの中でも生の声を聞いていますので、全然成長が止まって魅力がなくなるとは全く感じず、今後仮に成長が止まりそうになっても違う方案を考えて、ハングリーに昇竜のようにのし上がっていく国だと思っていますので、ますます緊密に進めていきたいと思っています。三重県の食文化もビジネスも含めいろんな形で三重県をPRして、多くの中国の方々が三重県に
来ていただくような努力をしないといけないと思っています。一方で日本人、三重県もそうですが青木さんがおっしゃるように自信を失っている部分があると思います。なので、大きなマーケットである中国でスモールサクセスでもいいので成功を感じて、自分たちもやればできるという成功を積み重ねていけるサポートを行政でも全面的にしていきたいと思っています。

青木:
知事のリーダーシップの下に、三重県と中国との交流がますます盛んになって行く事を期待しています。
また、知事はまだまだお若い、政治家として今後30年、40年とご活躍できる立場にあられます、是非、日本の為にも頑張っていただきたいと思います。本日は、ありがとうございました。






 

  


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2012年11月26日

三重県知事インタビュー(2/3)


青木:
ところで、話は変わりますが、知事は何故10年間で皆さんが憧れる中央官僚のお仕事を辞めようと思ったのですか?

知事:
私は安部晋三元首相が政権を握っている時に総理官邸に出向していまして、その時に安部元首相のゆとり教育の見直しなどの改革を進めようとすると、役所の人たちが抵抗をするわけです。会社でいうと社長がこうしたい、と思っているのを周りの役員達がそれを止めようとする。それに疑問を抱いていました。当時2006年でしたが中国もそうですが、経済成長が著しいときにこのままでは日本が取り残されるのではないか、と思いました。
当時は自民党政権でしたが、与党議員は政策を官僚たちに丸投げしていました。要は官僚たちが総理の足を引っ張っているのに、足を引っ張っている人達に政権を丸投げしている。こんなことでいいのか、このままでは日本が立ち行かなくなってしまうと思ったときに、僕の選択肢は「足を引っ張らない官僚」になるか、「丸投げしない政治家」になるかのどっちかだと思い「丸投げしない政治家」になろうと考えました。なぜかというと間に合わないからです。経済産業省でいかに偉くなってポジションに衝いたとしても、当時はまだ31~2歳でしたから、15年ほどかかってしまう。この5年で中国が大きく変わったように、15年も経つと世界情勢も変わってしまって、本当に日本が取り残されてしまう、という思いで勇気を持って
政治家の世界に飛び込みました。

青木:
なるほど。それで自ら政治の場へと衆議院を目指したけれど落選し、その後に三重県知事選に再チャレンジ、ここではお見事に当選を果たされた訳ですね。少し前までは橋本前大阪府知事が全国で一番若かったですけれど今では鈴木知事が全国最年少の知事なのですね。ところで、若いということで何かハードルを感じることはありますか?

知事:
そうですね。ハードルを感じることはあまりありませんが、しかし、やはり若いということで自分も知識、経験が浅い部分はあると思いますので、心がけていることは、自分で何でもしないということですね。三重県は副知事どちらとも60歳前後ですし、部長クラスにもその年代の人が多いので、自分の足りない部分は周りの人たちの力を借りながらやっています。それも若さの特権かな、と思っています。若いからこそ謙虚に素直に自分のできない事をしてもらうようお願いできる。一方で若さ故の発信力の強さ、注目されることが多いとも感じています。中国含め海外の方からも「全国最年少の知事」ということで見方が変わり、印象付けることができます。例えば去年8月に上海の旅遊局長にお会いした時も訪問した知事が私で20番目だという話になり、私が日本で一番若い知事だということ、松阪牛など三重県にしかない特産の話をさせて頂くと「あなたの事は絶対忘れない。秋には美味しい上海を食べに来てください」というお言葉を頂くなど、各国の大使や総領事とのお付き合いの中でも「Youngest Governor」ということで、注目して頂けるのでメリットを感じています。

青木:
それは素晴らしい。日本では高齢化が進んでいてトップリーダーの高齢化も進んでいますよね。でも、中国を含め海外のトップリーダーのみなさんは若い方が多いですね。30、40代前半のトップリーダーが沢山います。そこは日本と外国とのその差は大きいですよね。そういう意味では知事は貴重な存在で、是非旗頭になって下さい。これから日本ももっと能力のある若い政治家が出てきてほしいですね。

知事:
がんばります。青木さんが仰るように30代、40代だとスピードが速いです。今の日本の企業、行政組織の一番の弱点はスピード感です。そういった時代、ジェネレーションの感覚が近い方がアライアンスも進めやすいと思います。

青木:
まったくその通りだと思います。中国を始め国際社会ではものすごいスピードで物事が進められています。
私はこの情報発信の仕事の他に日中ビジネスコンサルティングの会社をしておりまして、日系企業の中国ビジネスのサポートをしております。いつも感じるのは日本のスピードの遅さです。これだと経済や政治的な影響力も含めて世界に置いて行かれるのではないかと。是非若いリーダー達に巻き返してほしいですね。

知事:
そうですね。福岡の高島市長と私は同級生、人口も福岡市と津市は大差ありません。 たまに携帯メールのやり取りをして情報交換をしています。

青木:
そうでしたか。若い政治同士で是非頑張ってほしいです。
私もよくお会いしていますよ。

知事:
是非よろしくお伝えください
彼も発信力に優れていますよね。

青木:
そうですね。若さを武器にして是非日本を引っ張っていってほしいです。
さて、三重県の事について少し紹介してください。三重県の魅力や、抱えている問題等々。

知事:
三重県のキャッチフレーズは「バラエティー&ビューティフル」です。
三重県は多様性があり、美しい県だと思っております。松阪牛や伊勢エビ、あわび、美味しいものがたくさんあります。これはもともと歴史ある伊勢神宮や京都など都の方に食物を納めていたという日本の伝統の原点
があって、食文化が形成されていったのです。それから海岸線も1100キロあり、これは日本で
8番目に長い海岸線ですが、特徴は名古屋のすぐ横から和歌山の那智勝浦の横までと非常に縦に
長いことです。こういったバラエティーに富んだ文化や美しい自然も豊富な県です。

青木:
なるほど。かの著名な松阪牛は三重県の名物だったのですね。松阪牛と三重県とは繋がりませんでしたね。

知事:
一方で、課題といえば今特に北の方の四日市、鈴鹿、員弁というところではTOSHIBA、SHARP、HONDAなど大きい工場がたくさんあって製造業が売りですが、しかしこの分野も現在国際競争に晒されていて多くの下請けの工場の国際展開が非常に遅れている。ビジネススピードを上げたり、中小企業の国際展開を支援していくのが大きな課題です。三重県には空港も新幹線もないのですが、海外展開をしたいという意欲を持っている人達は沢山いるので、そういう人たちを支援していくのがこれから三重県の経済を立ち行くための大きな課題ですね。あとは、観光、経済という意味でまだ知名度が低いです。鈴鹿サーキットの「鈴鹿」とか松阪牛の「松阪」、伊勢神宮の「伊勢」、熊野古道の「熊野」と言えば有名なのですが、これが三重県にあると知っている人は少ないです。非常にもったいないです。「伊勢神宮って和歌山でしょう?」と言われる事もありますし、知名度を上げていくというのが観光にも繋がっていくし、経済の取り組みにも繋がっていく。
そこが今三重県の弱点ですね。

青木:
そうなると、ここは知事の出番ですよね。
トップセールスマンとして、三重県をブランド化。誰もが知っている名産品や観光名所を三重県と繋げて。

知事:
その通りです。私の名刺は「三重県営業本部長」と「知事」よりも大きな字で書いてあります。
裏には英語で「Chief Sales Officer」と書いてあります。とにかく三重県を知ってもらおうと営業活動をしています。
アワビ、伊勢海老、松阪牛・・・だれもが知っている名産です。真珠も「ミキモト」がありますし。
それが全部三重県にあるのです。


 

<次週に続く...>

 

  


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2012年11月19日

三重県知事インタビュー(1/3)

青木:
本日は、ご多忙の中に、インタビューをお引き受けいただき、ありがとうございます。本日、知事にお会いできるのをとっても楽しみしてまいりました。宜しく願い致します。

知事:三重県を選んで頂き光栄に思います。こちらこそよろしくお願いします。

青木:
ところで、情報によりますとつい最近、お子様が誕生されたとお聞きしましたが、まずはお子様のお誕生を心からお祝い申し上げます。おめでとうございます。

知事:ありがとうございます。

青木:
さて、知事は今日本全国の知事の中で一番若い知事ということなのですが、今おいくつでいらっしゃいますか?

知事:今37歳です。

青木:
なるほど、ご待望の男の子のご誕生ですね。
知事になられた時とお父様になられた時で、どっちが一番嬉しかったですか?

知事:
これはなかなか難しい質問ですね!
個人鈴木英敬としては子供の誕生がやはり嬉しいですし、三重県知事になったときも
前回は落選していることもあり、それはそれで本当に嬉しかったです。
嬉しさの質が違いますね。

青木:
そうですね。いずれも知事ご自身にとって人生の歴史に残る出来事ですものね。
政治家とお父様、本当に二重の喜びですね。

知事:ありがとうございます。

青木:
さて、最初に知事のこれまでの経歴をお伺いしたいのですが、知事になられる前に
経済産業省で10年間中央官僚としてお勤めになられ、その中でジョブカフェの立ち上げや
「1円企業」の制度化に携わってこられたとお伺いしていますが、そのあたりの事を少し詳しくご紹介くださいませんか?

知事:
はい。通産省に勤めていたときにジョブカフェの立ち上げ、「1円企業」や「特区」(特別区)の
立案に携わってきました。特にジョブカフェと特区というのは、例えば三重県の津市と福岡県の大牟田市
というまったく異なる市ですが、国の事業や制度は全国一律であるけども、実際は地域には地域の
顔があって、人がいて、その人達の人生がある。官僚時代に47都道府県いろんなとこを回り、地域の事情に合わせた事業をしていかないと地域が元気になっていかないのではないか、という結論を得まして、雇用政策もそれぞれの地域のそれぞれの人の人生を応援したい、そんな事業を作りたいという思いでした。
それから「1円企業」についてですが、当時はアメリカでいうと開業率と廃業率でいうと開業率が14%、廃業率が12%。ということはプラス2%ですね。もちろん廃業が多い10人というのは気になる数字であるものの
プラス2%ということは、毎年企業が増えていて、経済が活性化していっているということです。
一方当時日本は開業率が3.6%、廃業率が4.8%なのでマイナス1.2%ということで、企業がどんどん減っていく、働く場が奪われることで地域の経済が収縮していく、それを止めるために最低資本金が、株式会社1000万円、有限会社300万円という企業を増やす一つのハードルを低くしたいというおもいでした。地域の働く場、地域の元気を守るためにも事業所が増えていかなければならない、という思いでした。

青木:
それは思い切った措置だったと思いますね。それで、実際に1円で会社を作り、ある程度効果は出ているのでしょうか?

知事:
そうですね。当時多くの企業がその制度を使って会社を立ち上げました。「ライブドアのホリエモン」も実はその制度を使っていました。「1円企業」と分かりやすく言っていますが、一人でも株主がいてくれればいいということで、それが極端に1円でもいいということです。結果的に株式会社設立に1000万必要なところを200万、300万で設立する人が多かったですが、そういう制度を利用して会社設立する人がかなり増えましたね。

青木:
確かに今の日本の経済状況の中では就職が非常に難しい。若い人たちが簡単に起業できるというのは非常に時代にマッチしたことで素晴らしい事だと思いますね。

知事:
そうですね。昔のように会社を作ったら、大きな資産を持ったりあるいは、いろんな機械をリースして債権、債務が発生したりするというものでなく、今はパソコン1台でビジネスができる時代ですから。もともと最低資本金というのは、債権債務関係が発生するので、もし倒産した時に債権者に対してお金を払うための担保にしようというものですので、債権債務関係がなくなれば、最低資本金も下げていいのではないかという考えです。
それは100社以上の中小企業、小規模零細の社長さん達にお話を伺っての結論でした。



<次週に続く...>
  


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2012年10月08日

鑑真和上ゆかりの地・奈良を尋ねて(3/3)


青木:
さてさて、話題は戻りますが、胡錦濤国家主席が奈良をご訪問された時に確か唐招提寺に行かれましたね。知事はその時にご案内をされたのでしょうか?

知事:
はい、ご案内させていだたきゆっくりお会いしました。

青木:
胡錦濤国家主席が多忙極まるスケジュールの中でなぜわざわざ奈良に来られたのでしょうか?

知事:
先ほどあなたもおっしゃったように、当時は小泉政権で政治がアメリカ寄りだったのです。日本の保守派が中国との関係を冷たくしたということもあって、その上、江沢民前主席と折り合いが悪かったです。そこで小泉さんの後に福田政権が誕生しました。福田総理は日中関係を重んじ平和的な考えをもった方でしたので、まずは日中関係の修復に乗り出しました。胡錦濤国家主席も同じ思いを持たれて、日本との歴史的な関係を強調するために、奈良の唐招提寺を訪問なされたのだと思いますね。

青木:
日本と中国との間には二千年に渡る交流の歴史があります。時には摩擦も生じることもありますが、しかし、長い歴史から見ればその時間は瞬きのようにほんの一瞬に過ぎません。鑑真和上は日本に渡ることを決意してから、11年の歳月がかかって、5度の失敗を乗り越えられた後に6回目にようやく日本に辿り着いたのです。そのようにして繋いでくださった両国の関係を我々は大切にしていかなければならないですね。唐招提寺訪問にはそのような思いがあられたのではないかと思いますね。

知事:
当時は日本から多くの留学生が中国大陸に渡りました。中国から来られた人は本当に少なかったですよ。裴世清が奈良の田舎に608年に小野妹子と一緒に答礼師として来られたという記述がありますが、当時の日本は辺境の地でしたので、本当に珍しかったと思います。それでも、来られたという事は日本が政治的な存在として認められた証でもあったのだと思います。鑑真和上は日本に仏教の戒律を伝えるために来たとありますが、キリストの宣教師が布教のためにきたのとは違って、鑑真さんは実際にどういう気持ちで来られたのかとても興味がありますね。

青木:
本当にそうですね。当時の日本は唐の人たちから見れば、どこにあるかも分からない小さな未開発の地で、しかも海を隔てているから、渡るにも命がけでしたからね。

知事:
本当にそうです。一つは言い伝えで残っていますが、当時、長屋王がいらして、その方は漢詩と歴史に精通した皇族で、長屋王が作られた「日本に来ていただき仏教を広め、天皇へ仏教の戒律を受戒していただきたい」との内容の漢詩が日本から中国大陸に渡った留学生を通じて鑑真和上に届けられ、その事が鑑真さんを突き動かす何か動機になったとあります。しかし、当時は行くと帰れない訳ですから相当の勇気と覚悟が必要だったと思いますね。

青木:
ところで奈良のどこを紐解いても中国との関わりが深いので、歴史のお話は尽きませんが、知事は中国との交流をどのように推進されたり、どのような事に尽力されていますか?

知事:
奈良県は中国との交流の歴史をとても大事にしています。これから東アジアが新しい時代に入る中で、「一衣帯水」と言われますが、長い歴史の中で東アジアを視野に入れてお付き合いしていきたいと思います。その為に、奈良で東アジアのお付き合いをする場を作ろうと、東アジア地方政府会合を提唱しました。今年で3回目を迎えます。地方政府会合ですので日本で言えば県とか市、中国で言えば省とか市など、東アジアの地方政府がマルチでお付き合いする場があればいいと思います。東アジアでお付き合いするとなると言葉の問題がありますが、ヨーロッパでも言語が多様な中で、フランス語、英語だけではなくEUなど多言語でやっているので、東アジアにおいても多様多種にうまく付き合う道を探ろうと試みをしています。

青木:
それはとても重要で大きな試みですね。恐らく、胡錦濤さんも限られた時間でもわざわざ奈良を訪れたのは知事と同じ思いがあられたんじゃないかと思いますね。これから日本と中国の平和な時代を作って行くためには、歴史の紐を解いて、精神的な交流と対話をすることがとても重要ですね。

知事:
奈良に来られて会見をさせていただいて隣に座っていただいて、食事の時にも1時間近くお話させていただきました。経済発展に関するやり取りの中で、沿岸地域と内陸の経済発展の話に触れましたら、陝西省の話を色々していただく等、本当に一つ一つに真面目に答えていただきました。

青木:
私も胡錦濤さんが39歳の時に日本をご訪問なされた際に通訳としてご案内をさせていただいたことがございます。その時に胡 錦濤さんはすごいオーラのある方でそして、とても誠実で真面目な方というのが第一印象でした。しかし、日本では、大変残念な事に胡錦濤さんのそういう一面のイメージが中々伝わっていませんね。

ところで、知事、まだまだお伺いしたいお話がたくさんありますけど、時間も参りましたので、今日はこの辺で。実に有意義なお話をたくさん聞かせてくださって、ありがとうございました。これからも是非、奈良という特別な存在を生かして、是非東アジアの平和と発展の為に、頑張っていただきたいと思います。
最後に、知事の座右の銘を教えてください。

知事:
「愚直であれ」人間は少し愚かな方がいいですね。特に今のように世の中が変わるときは辛抱を持って精神的な辛抱を支える方がいかと思っております。

 

奈良県は、日本の都道府県の一つで、本州中西部、紀伊半島内陸部、近畿地方の中東部に位置する県。令制国の大和国の領域を占める。県庁所在地は奈良市。北西部の盆地地域を除き、険しい山々がそびえている。

面積:3,691.09km²     総人口:1,391,040



 

  


Posted by 青木麗子 Reiko Aoki at 10:00Comments(0)日本と中国