中国の今を知る、中国の未来を読む。

  

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2012年05月07日

JR九州・赤坂うまや初上海進出



 JR九州・赤坂うまや上海静安本店のグランドオープンセレモニーが4月24日に盛大に執り行われた。赤坂うまやは福岡に本社を置くJR九州(九州旅客鉄道株式会社)が東京を始め日本全国で展開している居酒屋日本料理レストランで、上海進出はJR九州の唐池恒二社長が十年前から温められていた夢。今上海での日本人居住者が10万人にも迫る勢いで増加している。中国人の和食や和の文化に対するニーズも年々高まっている。将来的に上海で5店舗は増やしたいと唐池社長が抱負を語る。「赤坂うまや上海静安本店」とあえて名付けたのも将来を見据えられているのかもしれないと思った。



  


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2012年04月23日

音楽は政治、民族、文化、経済などの摩擦を乗り越える



 先日、香港を訪問した際に、日本音楽業界の友人達を香港アジアテレビ、そして香港音楽業界の若手エース達とお引き合わせをしました。香港では若い人たちが世界を相手に活躍しているので、男も女も、凛として本当に格好いいです。是非この領域において、福岡も巻き込んで、新しい旋風を巻き起こしてほしいと心から願っています。そのためには、どんな努力も惜しまない覚悟です。音楽は政治、民族、文化、そして経済などのすべての摩擦を乗り越えられるすごい力を持っているのですから。

  


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2011年11月07日

福岡が誇る・マリンハイドロテック

 11月4日、筆者は福岡にあるマリンハイドロテック株式会社の創立40周年の記念講演会に講師として招かれ、中国の今と未来について講演させていだたいた。マリンハイドロテックさんは、船の油圧システム・ウィンチなどを開発、生産しておられる会社で、なんと今では台湾の船はほぼ100%マリンハイドロテックさんの製品が使われているらしい。今後中国大陸にも力を入れられるとのことで、合弁会社を立ち上げられるなど、攻めの姿勢で打って出ておられる。会社創立40周年を機に、三代目の社長を務めておられる井手社長は、今年をグローバル元年と位置づけられ、グローバルビジネスに対応のできる人材育成に総力挙げて取り組んでおられる。40周年記念行事で中国について学ぶ講演会を実施し、講師としてお招きいただいた。講演や皆様とのやり取りを通してマリンハイドロテックの社員さんたちの意識レベルの高さに感服した。中国語を独学で学んでおられた社員さん、中国に対する関心の高さがすごかった。福岡に世界に通用するメーカーさんいるということは、正に福岡の誇りだと改めて思った。ご縁を繋いでくださった福銀港町支店長の高鍋優子さんに心から感謝したい。大らかで常に遠くを見据えられておられる井手社長の下に、マリンハイドロテックさんの大いなる飛躍は間違い無しだと確信した。社員旅行まで同行させていただいて、とても楽しかった。



  


2011年10月17日

キャナルシティー・福岡-天津同時開業



 9月30日、博多第2キャナルのオープンと同日に、天津水遊城もオープンしたようだ。ご存じのように、10月1日は中国の建国記念日、そのため中国では1日から7日までが国慶節ゴールデンウィーク。言うなれば、国慶節休みは春節休みと並んで大型連休でデパートや商業施設にとって最も大きな商戦期と言える。天津水遊城の開発運営管理を担当しておられる藤賢二郎さんにお聞きしたところ、天津水遊城もオープン当日から足の踏み場もないほどの来場者数で、購買意欲もすごい。日本流のサービスと製品はやはり人気が高いらしい。しかし、現場従業員一人一人の働く意識、また、買い物客のマナー、それをどうしたら改善できるのか、中国で事業を手掛けてられて、それが一番の悩みの種で、最も神経を使っている事だそうだ。










  


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2011年09月05日

日本文化塾・鑑真プロジェクト三周年を記念して

 今からちょうど三年前、早稲田中国塾代表の木下先生、元中国大使の谷野作太郎先生達とともに、日本の大学生及び中国人留学生ら合計30名を率いて、鑑真和上が日本をわたって来られた逆ルートから、鑑真和上の足跡を辿る中国の旅をした。光陰矢の如し、時間が経つのは本当に早いもので、その頃大学二年生だった学生さん達はもう既に立派な社会人に、一年生だった学生達も来年は社会人として歩みだす。来る9月24日に開催予定の福岡県留学生サポートセンターで開催する予定の日本文化塾に、鑑真プロジェクト実行委員会委員長を務められた早稲田中国塾代表の木下先生をお迎えして、鑑真プロジェクト三周年を記念して講演していただくとともにプロジェクトに参加した福岡のメンバー達との交流会も予定。二部の若者トークライブでは、フィリピンで国際ボランティアを行っている福岡の大学生達による活動報告も予定している。ご興味のある方は是非ご参加を。9月24日午後3時より、天神アクロス三階—留学生サポートセンターにて。


(これらの写真と文章の中身はまったく無関係です)

  


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2011年08月08日

香港・中国大陸ビックメディアが一堂に集結


梅屋庄吉さんの曾孫・小坂文乃さん(前列右から3人目)

 7月28日より8月2日まで、香港フェニックス衛星放送、北京テレビ、上海テレビ、廣東テレビ、フェニックス網、大公網など、香港、中国大陸にあるビッグメディア6社が九州に集結した。日本の首都ではない九州に大陸全土のみならず、香港などの影響力が極めて強いテレビ局とネットメディアが一堂に揃い踏みするのは恐らく先も後もないはず。ご周知の通り、今年は孫文先生が率いる辛亥革命100周年の記念すべき年にあたる。今、香港、台湾のみならず中国大陸においても、辛亥革命100周年を記念する特集番組が企画されていて、今回、香港と大陸のビックメディアが一堂に九州に集結されたのも辛亥革命100周年あってのことだ。長きに亘る孫文の革命を支えた日本人は300人を超えているというが、最も中心的な人物が九州出身の宮崎滔天さんと梅屋庄吉さんであろう。今回、中国メディアの皆さんは、孫文の辛亥革命を支えた九州人の足跡を辿るために訪れられた。巨額な資金を出して孫文の革命を支えた長崎出身の梅屋庄吉さん。孫文の政治的理念に強い影響を与えたという熊本出身の玄洋社の宮崎滔天さん。そして北九州出身の安川敬一郎さん。
 孫文先生は30年に亘る長き革命生涯の中で、幾度も革命が失敗し、10年以上の亡命生活が強いられ、亡命の為だけではなく、九州は孫文先生の革命にとって非常に重要な場所だったのである。宮崎滔天は身の危険をも顧みず、清王朝から追われる孫文を自宅に匿い、度重なる筆談を通して交流を行い、孫文に多大なる影響を与え、孫文が提唱した三民主義(民族、民生、民権)の基礎ができたのもその時だったのだと聞く。この度の中国メディアの辛亥革命100周年を記念する歴史的プロジェクトは、大公網Japan Onlineが提案、九州運輸局と九州観光推進機構の招聘によって実現された。また実施にあたり香港・大公報・大公網、そして香港鳳凰衛視の絶大なるご協力によって実施することができた。九州に集まった香港・中国大陸のメディア業界の10名の若きエース達は、取材を通して九州を好きになり、孫文先生が百年前に繋いだ中国と九州とのご縁が今違った形で再び蘇り、これからの100年の絆を紡いだに違いない。


宮崎滔天さんの曾孫・宮崎黄石さん(左)

 


  


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2011年06月27日

韓正上海市長が小川洋福岡県知事らと会見




 6月上旬、小川洋福岡県知事を団長に、九州各県の副知事、九州観光推進機構石原会長、九州運輸局玉木局長から構成する九州観光PR代表団が上海を訪問し、韓正上海市長を表敬訪問すると共に、上海メディアセンターにおいて、テレビ局、新聞社、雑誌、インターネット会社など、大勢の中国メディア及び旅行社が集まる中に、九州観光プロモーションを行った。筆者も通訳として代表団に同行した。3月11日に東日本地域で未曾有の大震災が発生して以後、これまでに増加し続けてきた中国からの観光客の数がゼロになるまで落ち込んだ。震災地から千キロ以上も離れ、地震の直接的影響も、放射能の影響も受けていない九州も多分に漏れず、昨年には66回も寄港した中国からの大型クルーズ船がストップし、別ルートからの観光客も半減、地域経済が大きな打撃を受けている。観光プロモーションでは、小川知事、石原会長、そして各県の副知事が揃って、安心で安全な九州各地の魅力を精力的にPRすると共に、上海を始めとする中国の観光客の皆さんが九州を訪れられるよう熱く呼びかけた。中でも九州運輸局玉木局長が具体的なデータをもって、九州の大気、水、農作物が震災前とまったく変わらず安心、安全であることの説明が最も来場者の方々の心を掴んだようだ。また、上海市道書明旅遊局長がプロモーション会場に来場し「九州は美しい自然環境に恵まれ、歴史と文化が豊で、上海とも地理的に近く、長い交流の歴史を持っている地域だ。我々は日本の大地震の事を注意深く見守っており、日本の地方自治体との良好な協力関係を大事にしたいと思っている。震災地の早期の復興を心から期待し、日中双方の努力により、日中間の観光事業が早期に正常な状態に回復することができると固く信じている。中日両国は友好的な隣国であり、日本の皆様が親戚の家を訪ねるように是非上海にきていただきたい。そうすることによって、災害によって落とされた暗い影を吹き飛ばし、上海と九州の観光分野における相互往来をより一層促進するために、今後も、九州7県の皆様が上海に来て観光プロモーションされることを心から歓迎する」等と述べられた。

  


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2011年06月20日

薄凞來書記・福岡九州経済ミッションと異例の会見



 6月初旬、福岡商工会議所川部浩幸会頭が率いる福岡・九州経済代表団が重慶市を訪問した。末吉前北九州市長、滝本九州経済産業局長、山崎福岡市副市長、川崎西日本新聞社社長、土屋福岡大連未来委員会副委員長、地元経済界のトップリーダーなど、総勢48名が参加し、筆者も代表団のコーディネーター兼通訳として重慶市訪問に同行した。福岡商工会議所は2010年に中国国際貿易促進重慶市委員会との間に経済交流促進に関する覚書締結して以来、重慶市が福岡で投資説明会を開催し、福岡からは今回の大型経済視察団の派遣となった。中国西部大開発のフロントランナーとして発展する重慶市の活気を福岡・九州の取り込むために、福岡と重慶市との間の経済交流及び合作の可能性について、重慶市政府及び旅遊局などの関係部門との間に積極的に協議を展開された。
 そして、重慶市訪問期間中に、薄凞來重慶市党書記は慣例を破り、福岡九州経済ミッションの主たるメンバーと親しく会見した後に昼食会を開き、一行を手厚くおもてなしされた。実は、薄凞來先生と福岡は深いご縁がある。かつて、薄凞來先生が市長を務められていた大連市と福岡県の北九州市とは姉妹都市。そして、福岡にある福岡大連未来委員会も薄凞來先生の提唱に基づいて発足された委員会。その為、薄凞來先生が大連市長及び遼寧省省長ご在職期間中に度々福岡を訪れられ、国連が指定する環境モデル都市である北九州市との交流を通じて、大連市をお見事に環境都市へと押し上げられた。福岡と薄凞來先生との間には太い絆があり、福岡に多くの薄凞來ファンがいる。筆者も会見と昼食懇談会に同席するチャンスに恵まれ、「神様が我々の一生に与えられているチャンスと時間は限られている。だから、やりたい事があったら、迷わずに成し遂げねばならない」との薄凞來先生のお言葉が私の脳裏に焼き付き、どこに身を置かれても、変わらぬ薄凞來先生の都市の発展に対する強い思いと注がれる情熱に深く感動した。
 


  


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2011年03月14日

最先端映画館が福岡に誕生



 3月6日、大変光栄な事に筆者は、東映株式会社九州支社長の麻生裕一さんが自らご案内の下に福岡市の新博多駅ビル内にできた東映の映画館Tジョイ博多を訪れた。これまでの映画館とは全く異なった空間。映画館全体は品格のある英国風のクラシック調の内装で訪れる人々を温かく包み込む。また、異なるサイズの11のシアターホールではそれぞれ日本人の体型に合わせて開発されたオリジナルのシートが導入されている。また、最高の映画環境を目指して、最先端の上映システムを導入され、極めてリアルな驚異の3D映像も楽しめる。映画のみならず、音楽ライブやスポーツの生中継、ファッションショーなども企画されているというのだから、正にエンターテイメントパラダイスと言える。中でも、筆者が最も驚いたのがこの映画館のアジア重視度。館内のすべての案内板及びシアーターのスクリーンの案内には、日本語に加え、中国語、韓国語などのアジア言語で表示されている。九州支社長の麻生氏は「中国を始め、アジアのお客様にも愛されるTジョイ博多でありたい。また、古代大陸文化がこの博多から日本全国に広まって行ったように、今後、中国を始めとするアジアの映画文化をこの博多から日本全国に向けて発信できるよう、交流の拠点を目指したい、留学生の皆さんにも是非映画を見に来てほしい。1000円という特別料金も設定しています」と熱く語られた。

 
  


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2011年02月28日

釜山から福岡の観光戦略に思いを馳せて PART 1



 博多からJR九州が運行しているジェットホイルBEETLE号に乗って、金土日を利用して、二人の娘と女三人で釜山を尋ね。釜山には20数年前に一度行ったきりで、街の様子は殆ど記憶に残っていない。ビル群が建ち並ぶ大都会なのか、それとも韓国らしさが残る街なのか、全く思い出せない。強いて言えば、きーきー音を鳴らしながら暴走するタクシーの強烈な印象だけが脳裏に焼き付いていた。今もそうなのだろうか。そう思いつつ、釜山国際ターミナルから出てタクシーに乗り込んだ。すると、はやり今回も同じで、ターミナルから発車した途端、ものすごいスピードで走り出した。これが韓国流の運転なのか。助手席に座っている私は、目を開けることができず、ホテルに辿り着きほんのつかの間が永遠に思えてとても生きた心地がしなかった。スリル満点の旅の始まりだ。私達は、2は3日の釜山滞在をなるべく、韓国の雰囲気にしたりたいと思い、旧市街地の坂の上にあるCOMMODORE HOTELを選んだ。このホテルは、朝鮮王朝の王宮を模したデザインで、随所に朱色が使われ、韓国風の彫刻が施した煉瓦でできている館内装飾は、エキゾチックな雰囲気を醸しだしつつもとても落ち着きがあって、娘達もとても気に入ってくれた様子だった。  ...つづく。


    


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2011年02月21日

新九州起動の息吹に魅せられて



 2月12日朝9時20分、大勢の試乗会VIP招待客を乗せた九州新幹線・さくら号は、博多駅から熊本駅に向かって静かに走り出した。九州新幹線・さくら号は、JR九州とJR西日本の共同開発列車N700型、全部の車輪に電動モーターがついている列車となっている。博多-新鳥栖の間にある、筑紫トンネル(全長約12Km)の勾配が35パーミル(35‰)と従来より勾配が大きいため、列車のパワーを上げる必要があったのだという。最高速度は300Km/h、日本の環境対策、騒音規制のために低く設定しているが、動力性能は世界最高性能だと言われている。その分、揺れ振動とも少なく、乗り心地は最高だった。日本的なたたずまいを表現するこの新しいN700系車輛は、品格のあるインテリアが人々にやすらぎを与えてくれる。桜の幹を基調にして、直接ふれると手すりやテーブルはもちろん、窓際にも本物の木材を用いる事にこだわり、統一感を演出。洗練された日本の住居空間を思わせてくれるような、凛として、でも大らかに温かく包み込んでくれるような素敵な雰囲気、筆者はすっかり虜に。ところで、九州新幹線が全面開通すれば、博多—熊本間は今まで1時間13分かかったところを33分、博多—鹿児島中央間も従来2時間12分かかったところを1時間19分で行けるようになる。九州の経済を牽引する福岡県は今、アジアとの連携を更に推進することを目的に国際戦略特区を目指している。九州新幹線の全面開通により、九州全域が繋がり、点として存在していた、それぞれの魅力が大きく面となって価値あるものとなることは間違いなし。今、中国本土を始め、香港、台湾、韓国などから多く日本にやってきている。九州には悠久なる歴史、魅力溢れる伝統文化に加え先端を行くファッション、グルメ、快適な住居環境、そして、美しい里山文化も色濃く残っている。九州新幹線の全面開通は、中国を始めアジア地域からの個人観光客の誘致にとって大きな起爆剤となることを心から願う。 

  


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2011年02月07日

外交・政治の壁を越えて、真の友好の絆

 「江蘇省と福岡県の友好交流は、あらゆる友好県省交流のモデルです、中国と日本との間には、時として外交、政治において、波風が起き両国関係がぐらぐらと揺れることがありますが、しかし、そういう時だからこそ、地域間の交流がとても大切だと思います。この18年間、江蘇省と福岡県との交流は、いつの時も途絶えることがなく良好な関係を保ってきました。これも偏に、麻生知事を始め、福岡県議会の先生の皆様方のご尽力の賜です。我々は、これからも経済、環境、文化交流のみならず、人と人の交流、心と心の交流を大切にしていきたい。地域間の交流、民間交流両国関係の礎でありますから」江蘇省前書記の梁保華さんは、何度も何度も繰り返しながら仰る。福岡県と江蘇省は、1992年に友好県省関係を締結。両県省の議会と省人大、そして県民の協力により、3年後に孫文先生が眠る中山陵の麓に三千本の桜を植樹、今年で15周年を迎えた。15周年を祝うべく、南京で盛大な祝賀イベントを開催。福岡県日中友好桜の会・新宮松比古会長は、県内の中学生・高校生も引き入れて、総勢64名の使節団は1月27日〜30日まで南京を訪問した。囲碁、書道、琴、津軽三味線など、高校生達の交流は健気でみずみずしく、希望に満ちあふれた。祝賀の夕べには、歴代党書記、省長など、これまでに交流に携わってこれられた関係者の方々も一堂に会し、旧交を温められた。そこには、外交や政治などの壁を越えて、真の絆が存在する。
  


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2011年01月31日

香港大公網・Japan Online 福岡で産声上げる -1


 1月24日、日本の情報を発信する中国語デジタルサイト、香港大公網・Japan Onlineは、地元政財界、マスコミ、250名を超える各界各層の人々が見守る中、福岡のグランドハイアットで産声を上げた。今から思えば、香港大公報の日本担当をしていたSamuel Wongさんから初めてお電話をいただいたのが、08の春だつた。「青木さん、経産省の松井哲夫(元九州経済産業局長で私の親友)さんから、貴女のことを紹介されました。貴女は長年日中両国の架け橋として、活躍してきましたね、これから、大公報の紙面を1ページあなたに任せるから、定期的に九州に関する特集版を作りませんか」と、突然のオファーを受けた。しかし、経験も能力も時間もない私にはできこないと考え、せっかくのオファーを断ずわるを得なかった。それでも、この2年の間、Samuel Wongさんは、諦めることなく、思い出しては連絡してきて、九州と香港を結び付ける様々な構想を熱く語られるのだったが、青木麗子を突き動かす決定的なことが見つからなかった。けれども、昨年7月、Samuel Wongさんは、ついにクルーズ船に乗って、福岡を訪問、直接に口説きにきた。今後は、新聞ではなく、日本の情報をウェブサイトで発信しようという話、、、、。つづく。

  


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2011年01月17日

2011年の後半から日本経済は持ち直す


麻生知事のお言葉に勇気づけられて

 皆様、新年あけましておめでとうございます。皆様にとりましては清々しい新しい年を迎えられたことと存じ、心からお喜びを申し上げます。2010年、あらゆる意味において、世界中が迷走した年であったと思います。日本も多分に漏れず、戦後一番の混迷状態に陥り、政治機能不全の危機に瀕し、これから日本はどうなるのだろうと、全国民が不安に揺れる一年でもあったと思います。私も日本の未来について危惧して不安と焦りの日々を過ごしていました。しかし、そのような状況の中で、年末に、福岡県行政改革委員会のメンバー全員が県庁に呼ばれ、麻生知事から感謝状をいただきました。その際に、麻生知事を囲んでコーヒーをいただきながら、知事から日本の政治のあり方、地方行政のあり方、教育、経済構造のあり方、国際社会における日本のポテンシャルなどなどについて実に素晴らしいいお話をお伺い致しました。中でも「2011年の後半から日本経済は持ち直すことになると思います」との麻生知事のお言葉に大きく勇気づけられました。2011年は幸多い一年でありますように、心からお祈り致します。今年もリアルタイムの中国情報を皆様にお届けしたく思っています。どうぞご期待ください。今年もよろしくお願い致します。

   


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2010年10月25日

歴史を乗り越え、友好の桜・南京に根ざす Part 4

 そして、始めは進藤一馬さんの悲願を実現する思いから、県民運動に変え、一千名を超える福岡県民から桜植樹募金が寄せられ、一万三千本の梅の木が植えられている梅花山の隣接地に、三千本の桜が植えられた「福岡—江蘇友好桜花園」誕生したのです。梅と桜。運命の絆の花が同じ大地の下に深く深く根を下ろし、江蘇省の皆様の深い愛情を受けながら、健やかに育ち、毎年美しい花を咲かし、日中両国の人々の心を和ましてくれているのです。
 福岡—江蘇省友好桜花園、来年には十五周年を迎えることになります。今では毎年、桜が咲く時期になりますと、多くの日中両国の国民が友好桜花園を訪れられていますが、私も幾度となく訪れました。南京はいつ来ても深く温かく包み込んでくれて、わたしはの大好きな街なのです。この度、福岡経済同友会の皆様と共に、南京を訪れるチャンスに恵まれたことは、私にとって格別な意味を持つ出来事でありました。
「さくらさくら、桜の国に我れ生きて、花のさかりの、春に又逢う」福岡—江蘇友好桜花園の真ん中に鎮座している進藤一馬先生の石碑もまた、みなさんの訪れを心待ちにしているに違いありません。来年もまた、桜が咲く頃に、南京で逢いましょう。
  


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2010年10月18日

歴史を乗り越え、友好の桜・南京に根ざす Part 3


 今から二十数年前に、福岡市には進藤一馬さんという名市長がおられました。実は、孫文先生の亡命を匿った人物の中のお一人である進藤喜平太さんが正に進藤一馬さんのお父上様で、そのために、進藤一馬さんは若き頃から、孫文先生を大変尊敬しておられたようです。そして、ご存命中に、幾度となく、一度は中山陵にお参りし、孫文先生がこよなく愛しておられたという桜の木を孫文先生が眠られる中山陵の傍らに植樹をしたいと仰っておられるらしく、そのことをそばでお聞きになられていた、進藤一馬さんを政治の師として尊敬してやまなかった新宮松比古さんが、いつか、その願いを叶えてあげたいという思いをずっと暖めておられたようでした。
 しかし、南京という歴史的因縁のある土地柄に「桜」。そして、孫文先生の亡命を匿った間柄といいえ、日本では右翼という烙印が押されている玄洋社、、、。それを聞いただけで周りの空気は一気に凍り付いてしまうのでした。だけれども、孫文先生と玄洋社との関係、進藤一馬さんが孫文生に対する尊敬の念、桜植樹に込められる思い等々について真摯に説明をした結果、ついに江蘇省の皆様からご理解とご賛同を得ることができ、桜植樹を共同の事業として取り組むことが決定したのです。当時、私も通訳として、ずっとその事に携わって参りました。
  


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2010年10月11日

歴史を乗り越え、友好の桜・南京に根ざす Part 2


 今から十五年前に、当時福岡県議会議長を務めておられた県会議員の新宮松比古先生によって、中山陵に友好の桜植樹のご提案がなされ、江蘇省人民代表大会(州議会に相当)の絶大なるご理解とご支援を取付、福岡県、地元政財界そして数多くの福岡県民から募金を募り、一年の歳月を経て一九九六年二月に実現されたのです。しかし、友好の桜の園を実現に漕ぎ着けるまで容易なことではありませんでした。実に多くのハードルを乗り越え、その上に実現したということを改めて触れておかなければならないと思いますし、このことに触れることで、江蘇省の皆様に感謝する気持ちと熱きものがこみ上げてこずにはいられません。
 そもそも、中山陵に桜植樹をとの思いは、福岡にあった玄洋社と孫文先生との関係に遡りますが、辛亥革命の時期に、孫文生は革命に幾度と失敗し、その都度、難を逃れるために度々日本に亡命をされるのですが、十年にわたる日本亡命生活の中で、九州・福岡の地にも度々訪れられ、頭山満、宮崎滔天、玄洋社の進藤喜平太などの人物から温かい支援を受けられたことは皆様ご周知の通りです。
  


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2010年10月04日

歴史を乗り越え、友好の桜・南京に根ざす Part 1


 9月26日早朝、雨上がりの南京は清々しい。緑のトンネルを織りなすどこまでも続くポプラの並木道を通り抜けながら、福岡経済同友会訪中団一行を乗せた大型バスは一直線に、今でも中国国民から中国建国の父として広く敬愛されている・孫文先生が眠る「中山陵」の麓にある「福岡—江蘇友好桜花園」を目指して突き進で行きます。
 中山陵に到着し、バスから降りると中山陵・国立公園管理局余金保局長が、微笑みを浮かべ悠然と手を振りながら私達を出迎えてくださいました。余局長のご案内の下に、一行は心ゆくまで、三千本の桜が植えられている友好桜花園を散策し、友好の桜花の園の由来について説明を受けながら、しばしの感動に揺れられていました。「福岡—江蘇友好桜花園」、福岡県と江蘇省が手を携え、今から十四年前に共同の努力によって創られたのですが、今では両県省にとって確固たる友好交流のシンボルとなっています。では、何故、友好の桜の園が中山陵に設置されたのか、意外にもご存じない方が多いので、ここでご紹介させていただきたいと思います。

  


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2010年08月09日

香港・大公報・大公網が福岡にJAPAN CHANNEL


 この度、香港大公報・大公網が福岡にJAPAN CHANNELを開設することが決まった。大公網の強いご要請を受けて、青木麗子が日本総代表の重役を引き受けることとなった。かつてから、私は等身大の中国、そして日本を、執筆や講演などを通して、両国民に伝えることを積み重ねてきたが、しかし、そのような行動も大海の一滴に過ぎない。JAPAN CHANNELが開設できれば、香港、中国大陸のみならず、世界中におられる華人、華僑の皆さんに対して情報発信ができる。今、日中両国の人々に最も求められていることは未来志向の発想をもつことだ。日本の等身大の姿、あたりに溢れている和の文化の魅力などなどを正しく生のままで届けることができる。中国を始め、周辺諸国の人々から信頼され、尊重される日本であり続けるために最大の努力を尽くすことが日本が突き進むべき道であり、JAPAN CHANNELは絶好の媒体となると信じてやまない。ネット民は若者達。若者達に新しい日本観を育むことが極めて重要と考える。日中両国民がお互いを深く理解し、お互いを尊重し、支え合うことができ関係を構築するための大切な媒体として、JAPAN CHANNELはその役割を果たすことができるよう、弛まぬ努力積み重ねる決意だ。JAPAN CHANNELを通して、明るく輝かしい日中新時代を創りたいと願う。
  


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2010年07月26日

台湾、2011年春・中国大陸・個人観光を解禁?

 2010年7月1日、日本はついに中国向けの個人観光ビザの緩和に踏み込んだ。そのことを受けて、今、日本各地で中国人観光客受け入れを巡る話題が沸き返っている。バブル崩壊後、消費が冷え込んでいる日本にとって、中国人観光客の到来は出口が見つからない日本経済の暗くて深いトンネルに一筋の明かりをもたらすことに大きな期待が寄せられている。中国人観光客に人気のある東京の銀座、箱根、富士山、北海道、大阪、京都、沖縄、福岡・九州等の各地では、中国人観光客を取り込むべく様々な事に取り込み始めた。ところで、この頃、台湾においても例外に漏れず、大陸観光客に対する個人観光の解禁について、馬英九総統が率いる台湾当局においても積極的な検討がなされており、順調に行けば来年の春節直後には中国人観光客がツアーではなく、家族や友人同士、または個人でも自由に台湾旅行を楽しむことができるようになる見込みのようだ。もちろん、中国全土に対して一期に解禁ということではないらしい。実現しても、まずは北京、上海、江蘇省の3地域に限定されるのだという。実は、北京、上海の他に中国30の省・自治区の中で、何故か江蘇省だけが解禁の対象となっている。これは何か新しい風が吹く前兆なのか。 

  


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