中国の今を知る、中国の未来を読む。

  

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2006年10月30日

上海—福岡サポーターズヤングネットワーク「縁縁会」の若者たち

上海—福岡サポーターズヤングネットワーク「縁縁会」の若者たち ~3~

 実は、そのような時期に、「縁縁会」のメンバーたちは、冷えきっている今の日中関係に、暖かい春風を吹き込みたいと願い、大好きな日本の花見の文化を上海に持ち込みたいと考えられ、復旦大学のキャンパスに「縁縁桜花林」を作ることが提案出された。彼等の純真な気持ちに打たれた私は、百本の桜の苗木の購入資金を確保すべく、福岡で募金活動を展開することを約束した。そして、多くの心ある方々から賛同をいただき、あっと言う間に購入資金が集まった。

 更に、復旦大学に務める陳雲さんが積極的に大学側と掛け合ってくださった結果、大学側から、約5メートル前後の桜を植える土地を無償で提供してくださることを快諾してくれた。そして、メンバーたちのそれぞれのお得意な分野を活かして、設計、桜の木の手配などなどの作業がどんどん進み、今年の2月25日に、百本の桜が復旦大学のキャンパスの広い大地に根をおろしたのであった。植樹祭に日本国駐上海総領事の隈丸様ご夫妻、政治・経済担当領事の河邑様、そして福岡地元からはアジア経営塾副塾長、九州電力の橋田常務が率いられる事務局スタッフと塾生も加わり、日中関係者約100名が参加した。植樹祭の様子は、福岡からNHK福岡放送局の来田記者が熱心に取材し、おはよう日本で全国放送。また、西日本新聞の椛島記者もその様子を即座に記事にしたため、大きく取り上げてくださった。



 この度の友好の桜の森の実現のために、多くの福岡の人々、日本の皆様から、暖かい応援をいただいたは、中国の若者たちが深く心に刻まれ永遠に忘れることはないと思う。
 桜が美しく咲き誇るころに、日中両国の人々が桜の木の下で、楽しく集い語り、この「縁縁桜花林」が永久に日中両国の人々の心のきずなたることを心から願わずにはいられない私は、新たなる日中の絆を探し求めながら、また、明日へと走り続ける。



※次回掲載は、11/6(月)を予定しております。  


Posted by 青木麗子 Reiko Aoki at 10:00Comments(0)福岡とアジア

2006年10月23日

上海—福岡サポーターズヤングネットワーク「縁縁会」の若者たち

上海—福岡サポーターズヤングネットワーク「縁縁会」の若者たち ~2~

 「縁縁会」とは、福岡と上海がたくさんのご縁に恵まれるように、そして、会のメンバーと福岡のご縁がえんえんと続くように、と言った意味が込められて、全員で議論した結果命名された。

 初代会長には、九州大学医学部で十年間解剖医学を学ばれた後、上海に帰国後は上海中医大学で教授をつとめられている周重建さんが就任、副会長には、留学は福岡ではなかったが、一度旅をして福岡を大好きなったといわれる陳雲女史が就任、陳雲さんは今、東のハーバードと呼ばれている百年の歴史をもつ中国の名門大学・復旦大学で国際関係の分野で助教授を務められている女傑。私も、「縁縁会」の生みの親として顧問に就任。

 メンバーには、九州大学で建築を学ばれた後、福岡の志賀建築事務所で数年間務められた後、帰国後は志賀設計事務所の上海事務所の所長を務める者、福岡大学でベンチャー論を学ばれて、帰国後、上海交通大学と福岡との間で、技術移転分野で架け橋のなっている者、また、IT分野、家具製造などなど、実に多岐多彩にわたっているのですが、今では、何かにつけて上海事務所の強力な助け人となってくれている。

 実は、昨年の7月、元の福岡県上海事務所は、福岡県の他、北九州市、福岡市、そして株式会社九州電力も加わり、ローカルスタッフに、コーディネーターと顧問の私も入れたら総勢十名という大所帯となりましたが、「縁縁会」の連絡事務局も元の福岡県上海事務所から、現在の九州上海事務所に受け継がれ、メンバーも約30名となっている。

 皆様の記憶にもまた新しいと思うが、昨年の春、上海で激しい反日デモが起きて、日中関係に出口が見えない暗いくらいトンネルに突入し、私は無力感と絶望のどん底に陥ったのだった。実は、このような状況の中でもっとも辛い立場に立たされていたのが、彼等のような日本滞在経験者でったことを知って欲しい。しかし、まわりの人々から、どんなに冷たい目で見られていても、日本との架け橋になるという強い心は決して揺さぶられることがない彼等を見ていると、日本と中国には、まだ希望がもてるんだという勇気が沸き、よし、私も間張るぞという気持を再び持てるようになった。

※次回掲載は、10/30(月)を予定しております。  


Posted by 青木麗子 Reiko Aoki at 10:00Comments(0)福岡とアジア

2006年10月16日

驚きもものき山椒の木

 10月6日と10日、中国のジェンダー研究第一人者の李銀河先生が福岡市のアミカスと久留米市のえーるぴあ(いずれも男女共同参画センター)で講演され、私はその通訳を務めさせていただきました。

 李先生は、今回久留米大学ジェンダー研究部会の招聘で来福されましたが、先生は、同性愛者の婚姻合法化法案を中国政府から却下されては何度も何度も提出し、中国を震撼させ、常にマスメディアから追っかけられている時の人なのです。

 ところで、あの言論の自由がないと思われている社会主義国家中国で同性愛者の婚姻を法律で認めろなどと唱えることができるだなんて、にわかに信じ難い話しだと思われるでしょう。

 でも、名実共にジェンダー研究の第一人者の李先生が仰るには、これまでの中国では、ジェンダーの研究者といえばほとんどが男性で、しかも内容はどちらかといえば、性差別に対する内容が殆どで、いわゆる本当意味でのジェンダー、つまり、ホモーセクシャル、レズビアン、バイセクシャル、トランスジェンダーについて本格的に研究に取り組んでいる人は李先生が先駆者的存在だそうですが、でも、中国においてもそのようなことを執筆したり講演をしたりしても、決して共産党からストップかけられることはなく、でも、そのようなテーマで映画を作ることだけやはりまだ許されていないといいます。

 そして、北京にはゲイーバーやレズビアンバーもできて、週末にはいつも若者たちでにぎわっているというので、七年間北京に通いつめていた私も驚きもものき山椒の木でした。



※次回掲載は、10/23(月)を予定しております。    


Posted by 青木麗子 Reiko Aoki at 10:00Comments(1)中国

2006年10月10日

上海—福岡サポーターズヤングネットワーク「縁縁会」の若者たち

上海—福岡サポーターズヤングネットワーク「縁縁会」の若者たち ~1~

 2002年、福岡県は中国に進出する県内企業の中国ビジネスをサポートするために、上海に福岡県上海事務所を設置(2005年より九州事務所となっている)した。中国企業での豊富な経験をもつ陳躍進さんが非常勤でビジネスコーディネーターに採用され、私も県の任命を受けて上海事務所の顧問に就任した。

 上海を中心とする長江デルタ地域は、今日中国国内における最大規模な経済圏。中国に進出する日系企業の約65%がこの地域に集中し、世界中からもっとも脚光を浴びている国際大都市なのです。福岡県は、上海からわずか300キロ弱しか離れていない、中国経済トップ三省のうちの一つである江蘇省と友好県省関係(92年より)にあるため、福岡地域から毎年、行政、議会、そして民間団体など、多くの人々が江蘇省を訪れるため、江蘇省への出入り口は決まって上海となっている。そのため、設置されたばかり上海事務所のスタッフたちは、あっというまに、嬉しい悲鳴があがるくらいにいつも「千客万来」だ。

 限られた人間にできることはやはり限界があると思った私は、多様化するニーズに対応し、福岡の知名度をよりアピールするためにも、上海で福岡のファン、そしてサポーターズを増やさなければならないと考え、かつて福岡で留学経験をもつ、或いはビジネス経験をもつ、または、福岡に行ったことがあり、福岡が好きで、今後、上海と福岡の架け橋になってもよいと考えている上海の若者たちを集めて、「福岡サポーターズ・ヤングネットワーク」を立ち上げるとを思いた。

 以来、多方面の方々に協力していただき、約一年間の準備期間を経て、2004年6月10日、福岡サポーターズ・ヤングネットワーク縁縁会は、上海事務所ニ代目所長初山宏さんのご支援のもと、集まってきた十六名のメンバーによって、福岡から進出されたスパゲッティーの専門店ピエトロで産声を上げた。


※次回掲載は、10/16(月)を予定しております。  


Posted by 青木麗子 Reiko Aoki at 10:00Comments(0)福岡とアジア

2006年10月02日

仕事について ~2~

 時が流れ、麻生知事が率いる福岡県は、95年以後から国際交流を県の重要政策の中の4本柱の中の一つとして位置づけられ、これまでの友好交流、文化交流に加え、中国を始めとするアジア地域との経済交流に大きなウェイトが置かれるようになりました。

 そして2003年に、今や中国経済の中心地域であるとともに世界経済中心地にもなりつつある上海に福岡県が一早く事務所を開設しましたが、世界の上海を相手にするには、県単独だけではインパクトが弱すぎるということが分かって、事務所機能を強化させるためには、九州が一丸となって取り組んだ方がよいと福岡県が判断し、県の呼びかけに応じて福岡市、北九州市、そして九州電力は福岡県と共に共同で上海に事務所を構ことに賛同したことによって、2005年4月から福岡県上海事務所は、九州事務所として新たに生まれ変わって、私は九州上海事務所の顧問に就任させていただいたのです。

 現在、私は福岡と上海にそれぞれ小さな日中ビジネスコンサルティングの会社を経営しながら、九州の企業の皆様の中国ビジネスサポートをさせていただいております。成功するノウハウは知りませんが、しかし、中国で失敗しないためのコツとノウハウは知っているつもりです。

 中国はものすごい長期間にわたって内需がありますから、中国はビジネスの宝の山だと思っています。その代わりに、競争も日本以上にあるということも忘れてはいけませんが、皆様が中国の広い大地でビジネスの夢を咲かせるために、御手伝いすることが私の夢であり、経済活動を通して、日中両国の関係をより揺るぎないものにするための架け橋となることが私の夢なのです。

※次回掲載は、10/10(火)を予定しております。  


Posted by 青木麗子 Reiko Aoki at 10:00Comments(0)青木麗子の日々