中国の今を知る、中国の未来を読む。

  

Posted by at

2007年07月30日

国宝・鑑真和上展から日中関係に思いを馳せて Part2

 ちょうど今から一ヶ月前、上海に出張した際、本屋さんでテレビドラマのシリーズもの「鑑真和上」のDVDを見つけてとても嬉しく思い、早速買い上げました。私は日本と中国の架け橋の仕事をし始めて二十五年になろうとするけれど、中国で日中両国のよき時代の歴史を取り上げられているシリーズ物をあまり見たことがありませんでした。日本に帰国すると、四十回もの長いシリーズものを一気に見終えて、とても感動し、日本と中国の過去と現在、そして未来について深く考えさせられ、生涯、日中両国の架け橋でありつつける決意を新たにせずにはいられませんでした。
 鑑真和上は六八八年に、福岡県の友好県省である江蘇省揚州に生まれ、十四歳の時に父親に連れられて揚州にあった大雲寺に参詣して仏像に心惹かれて智満禅師に付いて沙弥の戒を受けて出家、十八歳で道岸禅師に従って、菩薩戒を受け、洛陽を巡錫の後長安に入り、実際寺で登壇の上、弘景律師より具足戒を受けられ後、長安で律の勉学を積み、江南第一の授戒の大師として、僧俗の信望を一身に集められたといいます。

 しかし、ある日、伝導のため日本に高僧を派遣してほしいとの要請受けられた鑑真和上は、弟子達を集めて、人選をしようとするが、だれとして名乗る人がいません。「日本の僧侶たちは生命の危険に顧みず、中国まできてくれたのに、どうして我々は行く事ができないのか、君たちがどうしても行きたくないというのなら、私が行くこととしよう」と、自ら日本に渡ることを決意するが、日本にたどり着くまで、なんと十二年の歳月を要することに。その間、幾度も過酷な現実に容赦なく直面されることに。しかし、いかなる厳しい現実に直面しようとも鑑真和上は決して決意を揺らぐことはありませんでした。




※次回掲載は、8/6(月)を予定しております。  


Posted by 青木麗子 Reiko Aoki at 10:00Comments(0)日本と中国

2007年07月23日

国宝・鑑真和上展から日中関係に思いを馳せて Part1

 七月十四日から福岡市博物館で「国宝—鑑真和上展」が始まりました。大変幸せな事に、一般公開前日の開幕式典にお招きにあずかり、幼き頃から敬愛してやまぬ偉大なる鑑真和上の「座像」を心行くまで拝顔させていただきながら、はるかいにしえの日中両国の行き交うに思いを馳せしつつ、胸が熱くなる思いに駆られました。

 皆様ご存知のように、鑑真和上は中国唐(奈良時代)の時代の仏教の高僧です。天平勝宝五年(753年)、日本から遣唐使として中国に渡った留学層の栄えいと普照が、正式な戒律や仏法を日本に伝導してくださるよう、鑑真和上に懇願したところ、和上は「山川異域、風月同天、寄諸仏子、共結来縁」(日本と中国、国は異なるけれど、お互い同じ月と空の下に暮らす、佛弟子が集い来たりして、共に縁を結ぼうではないか)と、長屋王の言葉を引用して、求められた法の説くのには不惜身命であるべきとの決意をされ、五度の失敗と、十二年もの歳月を要して来日されたのです。法難、潮風、難破、漂流など、長い間の苦難のために和上の視力は日々衰え、日本に辿り着いた時には、すでに失明されていました。




※次回掲載は、7/30(月)を予定しております。  


Posted by 青木麗子 Reiko Aoki at 10:00Comments(0)日本と中国

2007年07月16日

上海・洋山深水港を訪ねて Part2

 えんえんつ続く32キロもの長さの橋を渡る一歩手前に、予めアポを取らせていただいておりました洋山深水港管理局の王副主任に連絡を入れたら、洋山深水港景観台でお待ちしていると告げられました。我々を乗せた車がその景観台に入っていくと、数台の大きな観光バスから大きなサングラスをかけた見物客らしき人たちが、ずらりと並ぶコンテナを下ろすクレーン群、そして見渡す限りのコンテナターミナルを見て「うぉー」と奇声を上げながらバスから続々と降りてきました。

 しかし、洋山深水港管理局の王副主任によりますと、本当は観光地化していくことをとても懸念しているといいます。なぜならば、観光バスが増えてくると、将来コンテナ輸送車の出入りの妨げとなり兼ねないので、本当は規制したいのが本音だが、しかし、一気に有名になったから、しばらくはブームが去るまで待つしかないのだというのです。



※次回掲載は、7/23(月)を予定しております。  


Posted by 青木麗子 Reiko Aoki at 10:00Comments(0)中国

2007年07月09日

上海・洋山深水港を訪ねて Part1

 上海にものすごいスケールの深水港ができたと聞いていたので、できだけ早いうちに行ってみたいと願っていました。先日、上海へ出張した折に珍しく時間に余裕があったので、一日のスケジュールを空けて思いきって行ってみることにしました。といいますのは、上海・洋山深水港とはいうものの、実はその深水港は上海市内にあるのではなく、上海郊外にある南 芦潮港から更に約30キロ離れたところから、海を挟んだ小さな洋山島にあるので、もしも、途中で渋滞にでも巻き込まれたことも考えて、一日覚悟でなければ、行けないのです。

 市内から車で1時間ほど走ると、上海の端っこにある港にたどり着き、実はそこから、なんと32キロもの長い橋で洋山港とえんえんと繋がっているというのでした。私はこれまで、世界中の多くの国々にある河や海を渡ったことがありましたが、しかし、32キロもの長い橋を渡るのは初めてだったので、走れど走れど続く橋の雄大さに感動して、深水港を見に来たということをすっかり忘れそうでした。



※次回掲載は、7/16(月)を予定しております。  


Posted by 青木麗子 Reiko Aoki at 10:00Comments(0)中国

2007年07月02日

上海テレビ局を訪問して

過ぎし日、東京の廣告社様のご依頼により、上海テレビ局主催のテレビ祭に同行させていただいた折に、上海テレビ局も訪れました。さすがに時代の最先端を行く上海テレビ局、凛とそびえ立つ放送ビルディングの中の放送センターは全てオープン、スタッフたちが仕事をする傍らで、ニュースなどの番組が放送されています。私は日本でも仕事の都合上、テレビ局に出入りすることもよくありますが、放送センターが全てオープンとなっているところはまだ見た記憶はないような気がします。

 2010年、国際博覧会が上海で開催されます。その時には、万博の様子をその放送センターから世界中に発信されるのでしょうね。これからが楽しみです。

 

※次回掲載は、7/9(月)を予定しております。  


Posted by 青木麗子 Reiko Aoki at 10:00Comments(0)中国