中国の今を知る、中国の未来を読む。

2008年09月29日

「日中関係とソフトパワーとの関連」Part 7

日本はもっとソフトバワーを高めるべき

戦後の日本は、西洋文化の荒波が寄せてくる中で、アメリカに追いつき追い越せと、経済大国、政治大国を目指すために、ひたすら突き進んできました。自国の文化に背を向けたままで、未来を見据えた自らのソフトパワーの発信努力を怠ってきたことが、欧米諸国とアジアにおいて、日本に対する評価がこんなにも大きな開きを作ってしまったのではないと思うのです。ここまできて、我々日本人はこの問題に対して、謙虚に真摯に考え直すし、問題を解く事が、「アジアの時代に生きる日本の未来」を握る極めて重要なキーワードなのかも知れませんね。

今、日中両国民が互いを理解し、互いを尊重するような「良い材料」があまりにも乏しいのです現状の中で、中国発、日本発で世界から認知されるようなソフトパワーを創り出すことはなかなか容易なことではありません。しかし、小さいことの積み重ねを1つ1つやっていけばきっといつかは道が開かれると思うのです。

 これからの日本は、もっともっとソフトパワーを高め、民間交流を積極的に推進し、相互理解を深めながら、アジアの人々としっかりコミュニケーションを図っていいかなければならないと思います。政治力、軍事力、技術力ではなく、アジアの人々に対して日本の映画、音楽、ファッション、文化などの情報をどんどん発信して、異文化を理解し、受け入れる寛容な心を持ち、真に魅力ある国として、国際社会やアジアの人々から信頼され愛される日本を目指ことが日本が歩むべき道だと思います。



  


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2008年09月22日

「日中関係とソフトパワーとの関連」Part 6

欧米とアジアにおいて日本のイメージ差が大きい

私は中国とかかわって数十年、そして十数年前に、夫の在外研究に同行して、アメリカのカリフォルニアとイギリスのスコットランドにそれぞれ一年ほど滞在したことがあります。滞在を通して、欧米と東アジアにおいて、日本に対するイメージが大きく異なっているということがわかりました。一般的に、欧米人は日本人を高く評価する傾向にあるようです。しかし、彼らの頭の中にある日本人像とは侍や歌麿と芸者姿で、妖しくも美しいイメージが根強いようです。一方、中国においては、日本の技術力は高く評価されているが、しかし、「軍刀を振りかざす日本人」のイメージの方が強いように思います。なぜ、欧米と東アジアにおいて日本に対するイメージがこうも大きな開きがあるのか、今一度、しっかり考えなければならない時がきているのではないでしょうか。




  


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2008年09月15日

「日中関係とソフトパワーとの関連」Part 5

長い歴史の中の日中関係

さて、今の日中関係を論じる前に、長い歴史の中の日中関係らついて振り返ってみたいと思います。もしかしたら、そこに重要なキーワードが隠れているかもしれません。日本と中国は2000年の交流の歴史をもつと言われています。しかし、2000年の歴史の中で、日本と中国は一度たりとも対等の立場になったことがないようです。中国がイギリスとのアヘン戦争に負け、国力が疲弊してしまうまでの長き間、日本はずっと中国大陸に学ぶ立場にあったのです。しかし、その後、日本が明治維新に成功し、国力が強くなり、いつの間にか、中国との立場を逆転させたのです。
 そして、中国が80年代から実施した改革開放政策が成功し、社会経済が猛スピードで発展を成し遂げられ、共産党一党支配の最大の強みと、売り手と買い手の強みを十分に活かしながら、様々な社会問題を抱えつつも、目を見張るばかりの経済成長を実現させ、国際社会における発言力がどんどん増しています。2020年には日本のGDPを追い越し、2030年にはアメリカに次ぐ第二の経済大国となることが見込まれ、日中両国の立場が再び逆転し始めているのです。
しかし、前の戦争と言う大きな負の遺産が両国の人々の前に重くのしかかっているせいなのか、両国の気持のどこかで、どうしても相手を認めたくないなにかがあるようで、この呪縛をとりはらわなければ、両国民の間によい信頼関係が生まれることはありません。



  


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2008年09月08日

鑑真和上の足跡を辿る 日中青年交流の旅 Part1



 日中政治関係は07-08年に大きく改善されつつあるものの、なお問題はいろいろあり、理想的とはいいがたい状況にある。過去2000年にわたる日中交流を回顧してみると、唐前半が、日中関係が最も円滑な時期だったといえよう。現代の困難な問題を解くカギもその時代にあるのではないか、そして、唐時代の日中友好で一番光る存在は鑑真和上であった。その鑑真こそわれわれが今改めて陽をあてるべき人でないのかと共鳴する有志多数が、日本全国の大学から日中関係に関心の高い学生を募って、鑑真和上の足跡を辿る中国への旅をしようではないかと計画が持ち上がり、国際交流基金、福岡県、福岡県上海事務所、在福岡中国総領事館、日本国在上海総領事館、江蘇省人民政府、揚州市人民政府、大明寺、寧波市人民政府、民間企業では京セラ、日本航空、JR九州、廣告社など多くの企業及び個人の方々からも絶大なる賛同と支援を得て、計画が実現するはこびとなった。学生31名(内中国人留学生6名)、引率者6名合わせて37名が、九月九日に大阪港から、新鑑真号に乗って、いにしえの鑑真和上が日本に渡って来られた時の苦難に思いを馳せながら、日中両国の未来を見据えつつ、海を超え、中国へと向かう。出発に際し、去る8月26日から27日にかけて、一行は奈良にある唐招提寺へ赴き、和尚様から御講話を拝聴した後に、鑑真和上のお墓参りをし、日中両国民の友好と旅の安全を祈った。


  


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2008年09月01日

「日中関係とソフトパワーとの関連」Part 4

近代においては、1972年9月28日、日本と中国の間に国交正常化が実現し、
戦後において両国民の交流が再開しました。70年代後半から80年代の半ばにかけて、日本の映画(高倉健、栗原小巻、中野良子)、TVドラマ山口百恵さんの赤いシリーズ、おしんが中国大流行し、日本製の家電製品は中国の人々の憧れの的となり、一度は日本へ行き、東京の銀座で買い物し、日本の新幹線(空を飛ぶ龍)に乗ることが多くの中国の人々の夢となりました。

しかし、大変残念なことに、今では日中両国の間に300以上の姉妹都市が誕生し、3万社以上の日系企業が中国に進出し、中国が日本にとって一番の貿易相手国になり、毎年300万人以上の日本人観光客が中国を訪れ、数万人の日本の若者たちが中国に留学もしているのに、なぜか、今では日本に憧れる中国の人々がどんどん減り、日本に対するイメージがどんどん悪化しているのです。ピークに達したのが2004年、上海や北京で激しい反日デモが起きました。経済交流と相互依存度がこれだけ深まっているのに、なぜなのか。



  


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