中国の今を知る、中国の未来を読む。

  

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2008年12月29日

消え去り行く昔の面影

 私は仕事のために、年間、20回近く上海へ足を運んでいる。忙しいスケジュールの中での滞在が多いので、心して上海の町並みと向き合うことが滅多にできない。
 ところが先日、珍しく時間的に少し余裕が持てて、上海の目抜き通り・南京西路近くにある高層マンションの最頂階に住む友人の家を訪ねる時間が持てた。お茶を飲みながら、友人からその界隈の再開発の話を聞き、案内されるままに、大きな窓から外を見下ろすと、あたりに広がる風景を見て心が締め付けられた。タケノコ林のようにそびえ立つ高層ビル群の谷間に昔の上海の顔とも呼ばれた、赤レンガ造りの古ぼけた二階建ての住宅群が無残にも姿を消しつつあったのだ。郡を成していたはずのそれぞれ家々は、主が消え去り、息吹がすっかり失われ、廃墟に化しつつあった。生々しい爪痕だけが際立っていた。移転を頑なに拒み続ける極少数の家族が、取り壊されかけている家の隣で依然と生活を営む姿がなんとも痛々しい。古ぼけてはいるけれど、それらの住宅群はいわば上海の顔的存在だった。その面影が今消え去りつつある。発展の嵐の前で、人々はやはり無力なのだろう。狂おしいほどに加熱する不動産投資に対して、中国政府は制止すべく劇薬(総量規制)を投じた。
 2010年には上海万国博覧会が開催される予定。万博を備え、2009年、都市整備が更に急ピッチで進められるだろう。世界中の人々が夢見る上海の伝統と歴史の面影が壊されることがないよう、心から祈りつつ、2008年に終わりを告げる。皆様よいお年を、、、、。



  


Posted by 青木麗子 Reiko Aoki at 10:00Comments(1)中国

2008年12月22日

鑑真和上の足跡を辿る 日中青年交流の旅—総括編—3

事業計画の途中、1月に毒餃子事件が発生し、日中両国の関係が一層険悪な状態に陥った。そして、2月の春節の直前に中国の南部に前代未聞の豪雪が降り、人々はライフラインが絶たれ、途方に暮れた。時間を少し経て、北京オリンピックの聖火リレーでチベット問題を巡って、中国は世界の批判に晒された。日本国内も多分に漏れず、対中国国民的感情が悪化の一途を辿った。そして、5月12日に、壊滅的な大地震が中国四川省を襲った。数千人の人々が家を失い、八万人の死者をだし、行方不明者も一万六千人を超え、中国は悲しみのどん底に陥れられた・・・。このような時に、我々はこのプロジェクトを実行すべきなのか、たとえ実行したところで、果たして応募してくれる学生はいるのだろうか、学生が集まっても、中国の人々は我々を迎え入れてくれるのだろうか、こういうご時世、果たして資金はあつまるのだろうか・・・。我々の心が途方に暮れぐらぐらと揺れた。受け入れてくださる中国の関係先に連絡し、心境を打ち上げたら「問題はありません。是非いらしてください」快く返事が返ってきて、勇気づけられた。それから、学生も予定していた人数を超える応募を得て、資金協力団体、企業、個人が次第に現れ、実行委員会一同が胸をなで下ろした。計画提案した日から、出発するまでに様々な困難にも直面したが、しかし、多くの方々の暖かいご支援・ご協力を得て、プロジェクトが実現された。25名の日本人学生に交えて、中国から日本に留学している中国人留学生も7名プロジェクトに参加した。留学生達は日本の学生達に自分の祖国をよく見てもらいたいと思い、自ら進んで案内役や通訳などの役割を果たした。
今まで多くの青年交流プロジェクトがあったが、今回のように、日中両国の若者が一緒となって、中国を訪問したのはおそらく初めての出来事ではないかと思う。日中両国の若者達は寝食を共にしながら、相互理解が深められ、生涯の友情が育まれ、多くのことを学んだに違いない。私自身もまた、このプロジェクトを通して、多くの出会いに恵まれ、多くのことを学ばせていただいたことは、これからの人生にとって何事にも代え難い貴重な財産となった。ご支援・ご協力をくださったすべての方々に心から深く感謝
  


Posted by 青木麗子 Reiko Aoki at 10:00Comments(0)日本と中国

2008年12月15日

鑑真和上の足跡を辿る 日中青年交流の旅—総括編—2

さて、話題は鑑真プロジェクトに戻すこととしよう。昼食後に、学生達は復旦大学に集まり、復旦大学の学生達と共に、若者達が互いに関心のあるテーマ・若者達の自殺、スローライフ、女性の社会進出、国際交流におけるスポーツの力などについて、四つのグループに分かれて、真剣なディスカッションが行われた。国も体制も違うけれど、どうも今の日中両国の若者達が抱える悩みには国境がなく共通しているようだ。緊迫した討論会の後に、復旦大学学生達がさようならパーティーを開いてくれた。歌や踊り、そして楽しいゲーム、日中両国の若者達にはもはや言葉は必要がなく、一つに溶け込んでいた。日中両国を繋ぐ頼もしい絆がいっぱいできたに違いない。日本国上海総領事の横井様、日本航空の上海支店長、東京からわざわざ駆けつけてくださった日本航空の山本素子さん、引率者の先生方も学生達の様子を見て、とても嬉しそうだった。
 今から思えば、昨年10月6日に、早稲田大学中国塾で鑑真プロジェクトの提案をさせていただいて以来、ちょうど一年。あれから、早稲田中国塾の主催者であられる木下俊彦先生が私たちの懇願に応じられて実行委員長を引き受けてくださり、提案者の一人でもあられる範先生の他、木下委員長の呼びかけに応じて、京セラの稲盛和夫会長が最高顧問に、そして、元大使の谷野先生、五十嵐先生、折敷瀬先生、小野先生など、実に頼もしい方々が実行委員会のメンバーに加わり、木下委員長の強いリーダーシップの下にプロジェクトがスタートした。
  


Posted by 青木麗子 Reiko Aoki at 10:00Comments(0)日本と中国

2008年12月08日

鑑真和上の足跡を辿る 日中青年交流の旅—総括編—1

9月16日午前8時、学生たちは、福岡—上海ヤングネットワーク・縁縁会の皆様にご案内していただき、IT、文化、歴史、ファッション、商業などなど、10のグループに分かれて、半日の実地研修を行った。学生達が実地研修に出かけている間、私たち引率者は、復旦大学の政治、経済、国際関係の先生方と
日中関係を始め、国際政治と経済について意見交換を行った。その席で、復旦大学の先生からアメリカのリーマンブラザースが前日に破綻したことを告げられ、部屋中に激震が走った。アメリカの破綻、それは世界経済の破綻を意味しているからだ。中国は、政治的にはアメリカを敵国と見なしながら、実質的には経済同盟関係にある中国にとって、アメリカの経済破綻は青天の霹靂だったに違いない。中国は毛沢東の時代から、アメリカを敵国と見なしつつ、実はだれよりもアメリカを憧れていたのだ。米中関係正常化以来、アメリカンドリームを求めて、中国の政府要人達は挙って、自分達の子供をアメリカに送り込んできた。しかし、今、いわゆるアメリカンドリームが中国で崩れ始め、アメリカへと向かっていた人々が立ち往生し始めたというのだ。前向きに物事を捕らえれば、世界のピンチは日本のチャンス。世界が危機に晒されたときにこそ、日本が求められ、日本的価値観の尊さを認識してもらえる絶好のチャンスなのだと思うし、日本はこのチャンスをしっかり捕らえて、未来思考に基づき、体制の違いを乗り越え、お互いを尊重し、信頼し、中国と良好な関係を築きながら、アジアでしっかりとリーダーシップを発揮し、アジアの発展と安定ともに力を合わせて頑張ってほしいと節に願わずにはいられなかった。中国の発展にとって国際社会が必要だし、国際社会の繁栄もまた中国を必要とするのだから。日中両国に置き換えても同じことが言える。
  


Posted by 青木麗子 Reiko Aoki at 10:00Comments(0)日本と中国

2008年12月01日

鑑真和上の足跡を辿る 日中青年交流の旅 Part 10

9月15日午後2時過ぎに、台風に追いかけられながら、鑑真プロジェクト一行は上海へと急いだ。08年5月に開通したばかりの寧波と上海を繋ぐ36キロもの長い大橋が気が遠くなるほどに広い海の上を延々と続いていた。大橋が開通する前は数時間もかかっていた道のりだったが、大橋が開通したお陰で、2時間ほどで上海へたどり着いた。その後、私たちを乗せたバスが通過して1時間も立たないうちに大橋は台風のために通行止めとなったらしい。タッチの差だった。これもきっと、鑑真和上が宇宙のどこかで私たちを見守ってくださったお陰に違いない。9日、大阪港から出発してから毎日大型バスで数百キロ走りながら、寸時を惜しんで交流の旅が続いた。今日ぐらいは解放してあげなければ。ニューヨークのようにすっかり様変わりをしてしまった大上海の中に、昔の面影がわずかに残されているオールド上海の一角にある宿にチェックインを済ませると、学生たちはまるで水を得た魚のように、三々五々で上海探訪へと散らばっていった。引率者である我々は、中国のシンクタンクの方々と夕食をとりながら、日本と中国の現在と未来について語り合った。短い時間だったが、皆さんとの交流を通じて、中国は今、新しい時代を迎えるべく、水面下で静かなる革命が起きていることを肌で感じた。イバラの道のりだけれど、間違いなくある一つの方向に向かって確実に歩み出しているだ。様々な社会問題を抱えつつも、「明天会更好」(明るい明日)を信じて前へ前へと突き進む。問題は山積しているけれど、立ち止まって悩んでいる暇はないのだ。悩みながらも走り続ける。これは私のモットーなのでもある。
  


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