中国の今を知る、中国の未来を読む。

2009年04月27日

青木麗子の「中国風大地」をご愛顧いただいている皆様へ

皆様、いつも青木麗子のブログをご愛読いただき、ありがとうございます。

 お陰様で、青木麗子のブログ「中国風大地」は3年になろうとしています。
 この間、日本国内のみならず、中国国内においても多くの方々から愛読していただき、多方面にわたってリンクされ、「中国風大地」のファンの大きな輪が形成されているようです。

 そして、中国人愛読者の皆様からは「日本語がわからない一般の中国の人々にも読んでほしいから」と言って、私のブログを自力で中国語に翻訳し、中国語版・青木麗子の「中国風大地」もできているのです。中国の著名なさるサーバー百度で青木麗子を打ち込んでいただきますと、中国語でも読んでいただけることになっていますよ。本当にありがたき幸せなことです。

 ところで、青木麗子の「中国風大地」が四年目を迎えることに当たり、ブログのネーミングを青木麗子「大地の夜明け」と改めて、5月からは気分一新して、中国情報を皆様にお届けしたいと思っています。どうぞ、ご期待くださいませ。

      


Posted by 青木麗子 Reiko Aoki at 10:00Comments(0)青木麗子の日々

2009年04月20日

西安紀行 Part 4

今回の西安訪問で福岡の絆を見つけた。私は昨年の7月より麻生知事の任命を受けて、福岡県留学生サポートセンター初代センター長を仰せつかった。以来、どこへ行っても留学生のことを片時も忘れることなく、日常の活動の中で、留学生のことが大きく占めている。もちろん、サポートセンター長に就任してからではない。二十数年前から多く留学生と関わってきたし、すでに本国へと帰国されている元留学生の皆さんからは今「日本のお母さん」と呼ばれるようになったので、彼らが余計に愛おしく思うのである。実は、今回、西安博物館を訪問し、歓迎昼食会の時に、同席されていた若い女性が私の所にきて、私の手をしっかりと握りしめながら実に流暢な日本語で語りかけてきた。「まさか青木先生とここでお会いすることができるとは夢にも思わなかったので、本当に嬉しい。私は二年前まで九州大学に留学をしていました。留学期間中に、留学生の先輩楊慶敏さんから青木先生のことをいっぱいお聞きしていましたから、帰国する前に一度先生にお目に掛かりたかったのですが、そのチャンスに恵まれなかったので、先生のご本を買って帰国しました、これから福岡と西安を繋ぐことをしたいと思います、青木先生、これからもよろしく御願いしますね、一緒に写真を撮らせてもらってもいいですか、、、、、、」今、彼女は兵馬俑博物館で学芸研究院をしておられるのだという。現在、福岡には約7000名の留学生が福岡の地で学んでおられる。そして、帰国され今は様々な分野で活躍しておられる元留学生も多い。彼らをネットワークで繋げ、放射線のように福岡に繋ぐ架け橋ができたらどんなに素晴らしいだろうと考え、今年の秋から留学生サポートセンターに、世界中に散らばっておられる留学生のOBを繋ぐ留学生フォーラムを立ち上げる。
  


Posted by 青木麗子 Reiko Aoki at 10:00Comments(0)中国

2009年04月13日

西安紀行 Part 3

伝統と歴史を頑なに守る西安の人々、でもその中でも一つ大きく変わったことを見つけた。今回は西安の農業や農産物市場の調査が目的で西安を訪問したので、実際に農業が行われている現場だけではなく、農産物卸市場や、一般の西安市民が食材などを購入されるスーパーマーケットにも足を運んだ。卸市場でもスーパーマーケットにおいても、今まででは見つけることはなかった野菜や果物の残留農薬を検査する検査センターを見つけた。卸市場ではその日に市場に持ち込んできた野菜や果物を不作為による抜き取り検査をし、基準をクリアした野菜や果物だけが卸販売を許される。
スーパーでも、一度卸市場の検査をクリアした野菜や果物を更に独自でも残留農薬をチェックし、クリアしたものだけが店頭に並べられる。しかも毎日繰り返し行われ、
商品に必ず表記するようにしているらしく、表記のないものは得ることが許されていなというのだ。昨年の初めに、毒餃子事件が起きて、責任の所在を巡って日中両国の関係をも揺さぶられた。しかし、その後、中国で毒ミルク事件が起き、大勢の赤ちゃんが腎結石を患い入院するなど、中国において食の安全に対する国民の意識が一気に高められた。実は十年も前から、中国では野菜のことを「毒菜」と言われていたほど、残留農薬が非常に深刻な社会問題になっていたにも関わらず、野放ししてきたと言わざるを得ない状態にあった。野菜のみならず、お肉、お魚、加工食品などなど、安心して食べられるようなものは一つもないと友人が嘆いていたことを思い出した。「毒餃子事件により国際問題となったことで、中国政府がやっと本腰で食安全問題に乗り出した、我々はむしろ、日本の人々に感謝したい、日本で繰り返し大きく報道してくださったお陰で事の深刻さが浮き彫りになったのですから」と、上海に住む友人が深刻な顔で語る。これからは、日中両国の人々が一致協力して、食の安全を確保するために努力してほしいと願う。

  


Posted by 青木麗子 Reiko Aoki at 10:00Comments(0)中国

2009年04月06日

西安紀行 Part 2

発展の荒波が中国中に押し寄せる中、悠久なる歴史の面影を残したまま西安はどことなく居心地がよく暖かい。どっしりと佇まいを構える町並みと同じように、西安の人々もどことなく質実剛健な感じがして、接していてなぜがほっとする。それも西安の魅力の一つなのかもしれないと思った。そのような西安が大好きで、三十数年前に、文革大革命により十七才で北京から下放させられて以来、北京には戻らず、今でも西安に住み続けておられる西安兵馬俑博物館の呉館長さんもまた、典型的な質実剛健なタイプの人で、一度お会いしただけで数十年もお付き合いをさせてもらったかのような親しみを感じられ、お人柄あふれる人だった。福岡には西安の兵馬俑博物館に収蔵されている馬などをモチーフにダイナミックな絵を描いている江源という広西チワン族自治区出身の中国人画家がいる。彼が繋いだご縁で、福岡の某会社が農業を通して国際貢献をしようと動き出している。シルクロードの出発点に果てしなく広がる黄色い大地に、いつの日か日中両国の人々の共同作業によって、実りの大地に変わっていくことを心から願う。そのためには私もいかなる協力も惜しまない。

  


Posted by 青木麗子 Reiko Aoki at 10:00Comments(0)中国