中国の今を知る、中国の未来を読む。

2010年06月28日

安心して乗れるようになった中国のタクシー

 地下鉄や公共バスなどが決して発達しているとはまだ言えない中国での移動手段として私はよくタクシーを使う。タクシーが一番快適だからという訳でもない。他に選択肢がないからなのである。ラッシュー時間では、お上品に遠慮でもしていると1時間待ってもタクシーを捕まらない。しかも、ようやく捕まったタクシーが安心して目的地にたどり着ける保証はない。今にでも止まりそうなエンジン音、スポンジ-があちこちから飛び出しているシート。開ければいつでも外れ落ちても可笑しくないようなドア。毎回、中国でタクシーに乗る度に、はらはらドキドキもので、無事に目的地に辿り着くようにと祈らずにはいられなかった。特に冬の北京の夜は恐ろしい。深夜にでもエンストになれば、えらいことになる。幸い、深夜の外出をあまりしない私はそのような目に遭わずに済んだが、北京にいる友人達は不運にもそのようなことにしばしば遭遇したと聞く。しかし、その様子は今大きく変わった。北京では2008年のオリンピック開催を機に、昔の赤色のおんぼろタクシーを一掃し、黄色と緑色を基調にした色で統一した車タクシーに導入し、車内のシートにもカバーが掛けられるなど、とても快適になった。特に上海では、ベンツ-タクシー(料金は一緒)や万博タクシーも登場し、ドライバーのマナーも大変よくなり、中国タクシー恐怖症の私もようやく安心してタクシーに乗れる日々がきたようである。
    


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2010年06月21日

雲海に佇み・身も心も澄み渡る

 九華山・国際的に大観地にさえはなっていないようだけれど、しかし、中国全土から多くの仏教徒達が目指してくる聖地なのである。天気は曇り、気温が20度前後、山登りらは絶好の日より。千段もの階段、思ったよりも険しくてつらい。道も半ばまできたところで、こちらの気持ちが見透かされたのか、籠を担ぐにっちゃん達が「お客さん、山頂まで籠に乗っていきませんか」としつこく声かけてくる。「いやいや、ここまできて、籠に乗るなんてとんでもない。歯を食いしばって自力で山頂まで行くぞ」と、そう自分に言い聞かせつつ、もくもくと上へと目指す。「麗子さん、もう7合目あたりですから、もう少しですよ」なんと、ずっと後ろにいたはずの体重100キロもある董事長が私よりも先に行っていたのだ。九華山・古拝経台寺がすぐそこに見えた。一休みしようと石段に腰を下ろしてみたら、両側に無数の南京錠がかかっているを発見した。日本っていう゛縁結び゛とでもいうべきか、恋人同士が永遠に結ばれるようにと、古拝経台寺にお参りし、南京錠に二人の名前を刻んで掛けて帰る。
山頂に辿り着くと、雲海が辺り一面に拡がっている。ほんのつかの間だったけれど、その瞬間が永遠に思え、身も心も澄み渡る至福な瞬間だった。

    


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2010年06月14日

憧れの名山・九華山を尋ねて


 安徽省・九華山。中国仏教のメッカの一つ。海抜1344メートルの十王峰を始め、多くの山々が繋がり、それぞれの山々には千年を超える悠久なる歴史を持つ俵
お寺が点在している。回香閣、天台寺、肉身宝殿などなど、いにしえから僧侶達の修業の名山として親しまれてきた。私はこのところ、クボタ・ポンプ事業部の合弁事業のコンサルのため、よく安徽省に訪れている。合弁パートナーである三聯ポンプの董事長が信心深い仏教徒であることから、かねてから九華山にご案内したいと言われながらも、中々時間が取れず訪れることができなかったが、この度、やっと念願が叶えられ、董事長ご夫妻と共に九華山を訪れることができた。千段もの石階段を登りきり、天台寺がある山頂に佇んだ瞬間、手を伸ばせば天に届きそうなくらいに、天に近づいたような感じでとても感動した。熊本の九重連山も素晴らしいが、天台寺から見渡す山々も実に雄大で素晴らしかった。つづく。





  


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2010年06月07日

中国・若者達が中小規模都市へ移動し始める


 北京や上海などの大都市の大学を入り、卒業後は大都市で就職しシティーライフを送ることが中国の若者達の憧れだったし、それがいわゆる勝ち組の象徴でもあった。特に、戸籍を自由に移すことのできない農村出身の若者達にとって、それが農村から脱出する唯一の方法でもあったからだ。現に毎年の9月の入学シーズンになると、大学に合格した地方の若者達が、夢と希望を膨らませながら大きな荷物を背負って大都会へとやってくる。ところで、ここ1、2年の間で状況が変化し始めているようだ。都会に憧れ都会を終の棲家にしようと決めて来たはずの若者達が今、大学を卒業後、大都会に留まらずに、中小規模都市へと向かい始まっているようである。そうなった背景には、都会での就職が難しくなったことが主な理由だが、それとは別に、猛スピードで経済の発展を成し遂げている大都会は、弱肉強食の世界で、ストレス漬けだから、華やかなシティーライフを送るには普通のサラリーマンだけでもとても無理。その現実を知ってしまった若者達は、就職がしやすく、より人間らしい生活が送ることのできる中小規模都市へと向かい始めている。
  


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