中国の今を知る、中国の未来を読む。

2011年07月25日

ポップカルチャー・海を越え、政治を超えて



 「これ、どこの国だと思いますか?」「アメリカ、、、」「違うな、、、」「イギリス、、、」
「違うな、、、」「実はこれはロシアです」「これ、どこの国かわかりますか?」「フランス、、、」「違うな、ロシアです」「もう一つ、これどこの国かわかりますか」「イギリス」「違うな、スペインですよ」、、、、、。うん、50を超えたおばあさまねおじさま達にはの目にはどう写ったのか、、、。みんな、赤や緑に青木色のロングヘアの鬘をかぶって、コスプレ姿。どの国の人達なのか、さっぱりわからないが、みんな一応に手を振りながら日本語で日本・大好きだと言っている。近年、日本はアジアの国々そして欧米などの国で日本のアニメ・コスプレファッションコンテスを行っているようだ。皮膚の色が違うだけで、みんなコスプレをし日本語をしゃべると、どこの国のなのか区別がつかなくなる。
 7月23日、筆者が塾長を務める福岡県留学生サポートセンター日本文化塾は、30回目の日本文化塾に、コンテンツメディプロデューサー、作家、ジャーナリストの櫻井孝昌さんを講師にお迎えし「アニメ、マンガ、そして原宿ファッション。日本ポップカルチャーの国際競争力」と題して講演をしていただいた。櫻井さん、正にアニメの世界からそのまま飛び出してきたようなとても個性的な方。長年、業界の第一線で国境を越えて、ポップカルチャー、サブカルチャー、コスプレファッションなどなどを手広く手掛けられてこれられたとだけあって、身も心も頭も大変に柔らい。ユニークな画像の数々に加え軽快なトークで会場の若者達を釘づけた。しかし、やや時代の変化に付いていけてないない時代遅れの筆者は、脳内で大革命が起きるほどにとても刺激的なお話しだった。今世界中で日本のアニメ・コスプレファッションが大流行で、中国も多分に漏れず、中国の若者達が日本アニメに育てられている。そう言った意味では、アニメの世界を通して、日中間のみならず日本と世界の若者達が共通の言語をもっているということは、やはり素晴らしいことなのだろうね。ただ、時代遅れの筆者は、日本のアニメ・コスプレファッションだけではなく、日本人のアニメに込められている精神・文化もしっかり世界中の若者達の心に届けられ、平和の象徴となることを心から願う。



  


Posted by 青木麗子 Reiko Aoki at 10:00Comments(0)日本

2011年07月19日

九州男子の美尻・中国で大受け?



7月1日から続いていた博多祇園山笠も15日の夜明けと共に静に幕を閉じた。今年は770年目という記念すべき年のためなのか、ものすごい人出で、博多はこれまでにない燃え下がりようだったように思う。15日早朝、櫛田神社へ続く沿道、そして境内など、とにかく人、人、人で埋め尽くされていた。何年ぶりなのだろう、私も久々に血が騒ぎ、カメラを持って、よなよな、締め込み姿の男子の後ろ姿を追いかけては、ぱちぱちと数えきれないほどに写真を撮った。というのも中国の友人達が「九州男子の美尻がみたい、写真をいっぱい撮って」と注文を受けたからである。ご存じのように中国では、60年代の文化大革命により古い伝統的な地方のお祭りは殆ど壊滅状態になった。もちろん、男子がお尻を丸出しするようにお祭りもない。私が送った凛々しい九州男子の締め込み姿を見て大受けしたようで、「来年は絶対に山笠の時に福岡に行くよ」とまで約束してくれたのである。経済がいけいけどんどんの調子で発展する中国だけれど、胡錦濤政権になってからは伝統文化の復興に相当力を入れられているようだ。しかし、一旦途絶えた文化を復活させることはそう簡単なことではないようだ。日本の伝統的なお祭り、中国を始め海外からの観光客を誘致するのに大変魅力的な資源なのかもしれない。

  


Posted by 青木麗子 Reiko Aoki at 10:00Comments(0)日本と中国

2011年07月11日

医食同源—中国から来た言葉



 この頃、中国に行くと食の安全問題を取り上げられている報道が目立つ。つい最近、上海から戻るフライトの中で、私が好きでよく読んでいる「生命時報」を手に取って見たら、一面に「添加剤の包囲網に陥る子ども達」のタイトルがどかどかと出ているのを見つけた。更に読むと「着色料、防腐剤などの添加剤は骨、知力、肝臓、腎臓、神経を犯す」云々。中国当局がスナック菓子の安全性調査に乗り出したことを特集で報道されている。記事を読みながら私は大きなショックを受けながらも、自分たちが子どもだった頃、よく通っていた街の駄菓子屋さんの事を思い出した。様々に色のあめ玉、綺麗な色をしたジュースの粉、子ども達でも買える手頃な値段、買いやすい場所にあった。日本もいつかは通ってきた道なのだが、、、。

 報道の内容によれば、街で売られているブラジルスタイルのシシカバブーの肉も本物ではなく人工で作られたものが多いのだという。子ども達が好んで買って食べているスナック菓子も15%程度のものが食品の安全性に問題があるのだということで、今大きな社会問題となってきている。

 ご存じのように、中国も経済の発展に伴い、コンビニが至る所にでき、子ども達が簡単に買い食いできる環境にある。しかも、中国では日本とは違って、給食制度を導入している学校が少なく、殆どの子ども達は昼食を自宅に戻って取るか、或いは街に出て簡単なインスタント食品を買って済ませるか、いずれかの方法がとられているようである。このライフスタイルをどうにか改善しなければ、子ども達を守ることはとても難しい。しかし、いにしえから、中国の人々は不老長寿を追い求め、薬草などの漢方薬を日常の食事に取り入れられてきた。「医食同源」正に中国から来た言葉なのだ。けれども、今日の中国では豊になるにつれて、利便性を重んじるライフスタイルにシフトし、伝統的な考え「医食同源」という言葉が死語になりつつあるのか、深く考えさせられた。日中両国民の健康の為にも「医食同源」をテーマとする日中間で取り組むことを切に願う。


 

  


Posted by 青木麗子 Reiko Aoki at 10:00Comments(0)中国

2011年07月05日

悠久なる歴史の重慶が今生まれ変わろうとしている


 6月上旬頃、福岡九州経済ミッションが重慶市を訪問した。重慶市、日本人にとって馴染み深い地名である。けれども、日本人の頭の中にある重慶市と現在の重慶市とは大きな開きがあるはずに違いない。日本人の頭にある重慶市のイメージは恐らく二通りあるのではないかと思う。一つは、歴史的な重慶。巴蜀文化発祥の地として、紀元前11世紀頃に巴国の首都が置かれたこと、また、隋の時代、宋の時代など、いくつもの時代において、重慶はいずれも歴史的重要な役割を果たして場所であった。もう一つは、中央直轄市としての重慶。1937 年には国民政府の機能を重慶市に移したが、1949年に新中国が誕生した時に重慶市は中央直轄市として指定されることになる。けれども、1954年に諸般の事情によって、重慶市は四川省管轄下に置かれた。しかし、時代を経て、重慶市は1997に再び全国で4番目の中央直轄市に返り咲いた。
 2007年、胡錦濤総書記が重慶市を視察された際、重慶市は西部地域における重要な成長の核、長江上流域地区の経済の中心、都市と農村の発展が調和の取れた直轄市として位置づけられて以来、薄凞來書記のリーダーシップの下に、重慶市は大きな発展を成し遂げられている。今、重慶に進出している日系企業は120社前後、在留法人数も350名程度と聞くが、2010年には両江新区(工業団地に類似)が完成。そのことにより、悠久なる歴史の重慶が今発展する近代大都市として生まれ変わろうとしている。ところで、重慶市の名称の由来を知っておられる人も少ないと思うので、付け加えておきたい。1189年に南宋皇帝孝宋の第3子が恭州(後の重慶)の藩王に封じられ、また同年に帝位も譲られるという二重の慶事があったことから、それを記念するために、恭州を「重慶」へと改称したのだという。

  


Posted by 青木麗子 Reiko Aoki at 10:00Comments(0)中国