中国の今を知る、中国の未来を読む。

2011年10月24日

中国江蘇省淮安市の発展に感動


 9月後半から今日まで、ほぼ毎週のように中国に出張している。ジェット機で上海に出勤しているに等しい。そして、先週は、中国江蘇省淮安市を訪れた。淮安市は江蘇省の北部にある街で、南船北馬という言葉はそこから始まっているらしく、淮安市を境目に、南側に行くときは船で、北部に行くときは馬で行っていたから、その言葉ができたのだという。ところで、周恩来さんは殆どの日本人は知っていると思うが、淮安市は周恩来さんの故郷として有名なのだ。私は5年前にも行ったことがあるが、その時は本当にまだまだ田舎街で、南京とは相当の開きがあるなという印象だった。ところで、今回行ってみて、あまりの変貌振りに本当に驚いた。市内には高層マンション群が立ち並び、大きなデパート、国家級の大規模な工業団地も完成されて、外資系企業が多く進出し、海外から戻られた留学生のベンチャー企業が育って、経済が急速に発展していた。今では江蘇省北部の中心都市として位置づけられているのだそうだ。そして、私が最も感動したのは、経済の発展ばかりではなく、淮安市は、開発と共に古い文化や自然をとても大切にされていることだった。古い町並みが保存され、緑化も進み、立派な淮揚料理文化博物館が都市のど真ん中に鎮座していた。それからもう一つ感動したことがあった。周恩来記念館で1965年に松本治一郎さんが周恩来さんに送られた博多織のテーブルクロスが大事に陳列されていた。

 

 

  


Posted by 青木麗子 Reiko Aoki at 10:00Comments(0)中国

2011年10月17日

キャナルシティー・福岡-天津同時開業



 9月30日、博多第2キャナルのオープンと同日に、天津水遊城もオープンしたようだ。ご存じのように、10月1日は中国の建国記念日、そのため中国では1日から7日までが国慶節ゴールデンウィーク。言うなれば、国慶節休みは春節休みと並んで大型連休でデパートや商業施設にとって最も大きな商戦期と言える。天津水遊城の開発運営管理を担当しておられる藤賢二郎さんにお聞きしたところ、天津水遊城もオープン当日から足の踏み場もないほどの来場者数で、購買意欲もすごい。日本流のサービスと製品はやはり人気が高いらしい。しかし、現場従業員一人一人の働く意識、また、買い物客のマナー、それをどうしたら改善できるのか、中国で事業を手掛けてられて、それが一番の悩みの種で、最も神経を使っている事だそうだ。










  


Posted by 青木麗子 Reiko Aoki at 10:00Comments(0)福岡とアジア

2011年10月10日

中国・辛亥革命100年を記念する



 10月9日、正に辛亥革命百周年という記念すべき前夜。中国大陸において人民大会堂で、胡錦濤主席など国家要人が勢揃いする中に、大規模な記念行事が行われた。「中華民族の偉大なる復興」を何度も強調された。そして、北京、上海広州、香港などのメディアも挙って記念番組を放送した。昨晩、私は上海テレビの要請を受けて、上海テレビが制作した「辛亥往事」という特別番組にゲストコメンテーターとして出演させていただいた。孫文先生と九州の関係、孫文先生と宮崎滔天さんや梅屋庄吉さんとの友情を説きながら、孫文先生の日本亡命が後の辛亥革命にどのような影響を及ぼしたのかについて、浅はかながら述べさせていただいた。テレビ出演、それ自体は大したことではない。けれども、よく考えてみれば、極めて敏感な中国の歴史を語る番組に日本人である私を呼んで、自由に語らせたということがとても貴重なことだったのではないかと思った。はやり、中国も変化してきたのかなとつよく感じた次第である。100年先を見た男・孫文先生の政治理念・大アジア主義、三民主義(民族、民権、民生)が、これから中国大陸で活かされることができれば、孫文先生の達の犠牲も報われるのではないか。それこそが日中を結ぶ揺るぎない絆だと、番組に出演して改めて思った。上海テレビの皆さんに改めて心から深く感謝したい。



  


Posted by 青木麗子 Reiko Aoki at 10:00Comments(1)中国

2011年10月03日

ベトナムで出会った感動物語



 この所、仕事で時折ベトナムを訪れたりしている。街に出ると洪水のようなバイク群、平均年齢が20代というとても若い国なのである。若いと言うことはやはり素晴らしい。街中活気と希望に満ちあふれている。ハノイに滞在した僅かな時間の中で、素敵なベトナム人の女性キャリアウーマンに出会った。ハノイアムステルダム高校の副校長先生。トップとしてリーダーシップを発揮されておられ自信と誇りに満ちあふれるお顔から、2人のお子様を育てられてきた母親としての優しさを垣間見ることもできた。2人のお子様はすでに就職しておられるのだという。でも、そんなに大きなお子様がおられるようには見えず本当にお若く見える。英国に留学した経験をお持ちで管理職の前は英語教師だったので、気品溢れるクイーンズイングリッシュをこなしていた。中高一貫性のアムステルダム高校、校舎がとても近代的で、天井が高く通路も広々としていて、正に偉人を育てるに相応しい大変恵まれた環境だ。ところで、ベトナムハノイなのになぜアムステルダム高校?私は素朴に疑問に思った。副校長先生に尋ねてみると、ベトナム先生が終了してから間もない頃に、オランダアムステルダム市長がハノイを訪問した。1ヶ月間に亘って空襲を受け続けたハノイは正に焼け野原だった。その惨状を目の当たりにしたアムステルダム市長は、ベトナムを復興させるためには、ベトナム人自ら立ち上がる事が大事で、その為に優れた人材を育てる必要があると考えられ、帰国後、ベトナム復興支援募金を自ら呼びかけ、集まったお金をハノイに送られ、そのお金で中高一貫性の学校を建てられ、ベトナム人はそのご恩を忘れないために高校の名をアムステルダムと名付けたのだということがわかって胸が熱くなった。復興支援のあり方を考えさせられた。今はアムステルダム市長さんが望まれた通り、その高校は正にベトナムを代表する高校として多くの優秀な人材を世に送り出していると聞いた。そして、在校生の大学進学率はほぼ100%で、その内30%は海外の名門大学に進学しているのだという。そして、ベトナムでは多くの女性が教育現場で活躍しているということも伺った。


  


Posted by 青木麗子 Reiko Aoki at 10:00Comments(1)青木麗子の日々