中国の今を知る、中国の未来を読む。

  

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2012年06月25日

青木麗子が静岡県知事に直撃(4/6)

青木:
ところで知事はご就任なされてどれぐらいになりますかか?

知事:
2年半になります。

青木:
知事になられてから、学問の研究も続けておられますか?知事は今でも多くの本を出しておられるようですが。

知事:
 はい、私は今でももちろん学問の研究を続けています。学問をする時間が午前3時から朝食までの時間です。後は、一切人のため世のためと思っています。自宅に帰ったら夕食を済ませたらすぐ休みます。夜は時にアルコールも入るので仕事の能率が落ちるから早寝早起きをしております。

青木:
それはすごいですね。3時に起きられるのですか?
そのようにして、知事のお仕事と学問の道を両立させているのですね。

知事:
知事になってからも単行本を2冊出版しましたし、4月にももう1冊出版予定です。
本を読んでいないと物をかけませんから、自分に課しまして学問をしていないといけないのです。

青木:
さて、知事にご就任なされて静岡県を振興発展していくなかで、直面された困難とかハードルなどはありましたでしょうか?

知事:
静岡県は発展の可能性が本当にあるところです。静岡は富士山があるでしょう。来年世界遺産になります。東京都と京都の間ですから、先ほども言いましたとり、中国の文明が入ってきています、東京都いうのはスカイツーリーができますけど、地震のある所で作ったら大変ですよ、西洋文明と合うところですから東西文化が調和するところが静岡県でしょう。
気がついたら一番高い山と一番深い海があり、駿河湾というのが一番深い2500mありますから、山の物から海のものまで全部あるんです。
食べ物が農作物だけで167種類日本で一番多い県です。海産物を入れると219種類。
これも日本で一番です。
食材の大国なのです。まずは衣食住で、食に困ることのない。
最近は温かくなりましたが、北海道や東北、日本海側は雪に覆われていますが、雪は頂上にしか降らない、花も海もあるところで一次産業の農林水産業で南アルプスもありますし、一次産業がもっとも豊かなところです。


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Posted by 青木麗子 Reiko Aoki at 10:00Comments(0)日本と中国

2012年06月18日

青木麗子が静岡県知事に直撃(3/6)

青木:
経済と政治はやはり車の両輪のように切り離す事はできないですものね。ところで、「国富論」で有名なアダムスミスはスコットランドのご出身で、そしてグラスコの大学で学問を学ばれましたね。スコットランドと言えば、かつて、私も学者である夫の在外研究に同伴して、スコットランドに長期間滞在したことがあり、グラスコにも何度が訪れました。知事が掲げておられる「富国有徳論」はもしかしたら、アダムスミスさんの影響を受けられたのでしょうか?

知事:
そうですね。富と徳が一体でなければなりませんね。でなければ、倫理のない経済は泥棒みたいになってしまう、経済のない倫理は両方が車の両輪。道徳と経済というのはふたつながって調和しなければいけないのです。

青木:
全くその通りだと思いますね。今、世界中で様々な問題が起きているのですが、正にそのバランスが崩れているからだと思いますね、中国も今経済が猛スピードで発展していますが、経済発展を最優先にしてきたので様々な問題が起きています。正に「富と徳」のバランスが崩れているためなのですが、今、胡錦とう政権が盛んに提唱しておられる「和谐社会」とは、正に「富国有徳」を目指しているのではないかと思いますね。国が大きいから中々難しいところもありますが。

知事:
富国有徳は豊かな国には富、徳がなくてはいけないと。これは国だけではなくて会社も同じです。お金持ちになりお金をどう使うかということが問われている。
それを社会の為に使う人、自分の為だけに使う人では、自ずと社会的評価が決まってきましてやはりお金も使い方というところにその人の人品が現れますから、私は富と徳というのは常に考えておかなければならない大事な二つの柱だと。
貧困は病気になると薬が買えなくなる。そのため強盗に入ったりすることも、貧困は克服しなければならない。富を作ると、必要以上に出来たときはそれをどう使うかと。ここが大事なことです。

青木:
実は、私は今でも非常勤の大学で時々講義をしています。学生達とディスカッションする中で、将来の夢について議論することがありますが、その中で、将来社長になって金持ちになりたいという学生がいます。そこで、私はよく学生達に、社長になってお金を儲けたいという夢を持つことはいいことだと思います。しかし、大事な事は、何のためにお金を儲けたいのか、儲けたお金でどんなことをしたいのかについてしっかり考えておかなければならないと思うのです。手段を選ばなければ金を得る事は簡単です。社長になったときに、あなたは何の為にお金を儲けて、儲けたお金をどう使うか、それを良く考えておかないと人間は道を誤ってしまいがちになるのです。

知事:
100人のうち20ぐらいはお金持ちになる力は持っている。20人のうちに本当に立派な使い方が出来るのは1人ぐらいです。使い方の方が難しいのです。
会社の社長になったらその人の人格が会社の顔として取られてしまいますので、お金儲けばかりしていますと品がなくとられてしまいます。
トップに立つとその人の人品が問われるようになりますから、いまおっしゃったように何のために生きているかが基礎ですけど富をどう使うかということは徳ということを常に念頭においていれば間違いはないとおもいます。


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Posted by 青木麗子 Reiko Aoki at 10:00Comments(0)日本と中国

2012年06月11日

青木麗子が静岡県知事に直撃(2/6)

青木:
なるほど、時間軸で歴史を捉えてみるのは非常に面白いですね。ことろで、日本は明治維新に成功し東洋の中で最初の工業国になったのですが、西洋で最初に出来た工業化国・英国とはどのような違いがあるのでしょうか?

知事:

 やはり、向こうの人は小麦を食べ日本人はお米を食べます。中国の人は豚肉を食べますけど、イスラムの人は食べない、ヨーロッパと中国の間にイスラム圏があり、イスラム圏の影響を強く受けながらヨーロッパの人はそこと競争しました、そして一番イスラム圏から遠いところはイギリスですね。そこで中国で起こった科学はイスラムですごく発達します。
実はイスラムの科学は非常に高いものがあってアラビア語で書かれていますから、ラテン語に翻訳し、イスラムを抜いて行ったのです。
イギリスがヨーロッパの最初の近代国家になりますが、競争相手を大きく言えばヨーロッパにとっての先生はイスラム文明だったと思います。
しかし日本にとってイスラムは遠すぎます日本にとっての大きな文明は中国です。中国で最初に絹が作られた、お茶、木綿が作られたこういった物は全部買っていたわけですね。
日本は黄金の国ですから、平泉というところは世界遺産になりましたけど、金あるいは銅
も出たわけですが、買ってばかりいるとどんどん赤字になってしまいます。
それでは、中国のものよりもいい物を安く作って中国から買わなくてすむようにということで、ヨーロッパの人たちがイスラムから影響を受けないで自分たちで作れるようにと、それと同じように日本は中国の物を自分たちで国産化すると。
イギリスが相手にしたイスラム文明と、日本が相手にした中国文明とここに違いがあります。

青木:
それは非常に興味深いお話ですね。そのあたりをもっと深くお話をお伺いしたいのですが、今日は時間がありませんので、話題を少し変えたいと思いますが、知事は長い間学者として歩んでこられたわけですが、どうしてまた政治家になろうと思われたのでしょうか?

知事:
日本は学問が自由です。私は、経済学を勉強したわけです。経済学というのはイギリスで体系化されていますね。アダムスミス、マルクスはドイツ人だけど「資本論」はイギリスの経済を分析した本です。イギリスのロンドンに亡命しましてロンドンで大英博物館は世界最大の図書館でイギリスの経済を分析したものです。ですからケインズという人もイギリス人ですね。イギリスが経済学をリードしたわけですよ。イギリスの経済学も社会科学もやはり社会を分析して社会を良くする為のものなのです。
だから学問というのは特に社会科学というのは現実をしっかり分析をして分析した結果をしっかりと踏まえて社会をよくする、政策科学と言ってもいいです。
そういう意味で私も日本の経済を分析することを通じていかに日本の役に立つかという研究をし続けてきました。ですからただそれは情報を提供してこういうほう方向性が見えますよということを為政者の方が使うのは自由なのですが、自分がその立場になると世の中分業ですから、こちらは学問一筋と思っていたのですが、押す人があって気がつけば選ばれていたのが事情です。


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Posted by 青木麗子 Reiko Aoki at 10:00Comments(0)日本と中国

2012年06月04日

青木麗子が静岡県知事に直撃(1/6)

青木:
 川勝知事、本日はお忙しい中にお時間いただき、ありがとうございます。早速なのですが、知事の元々は経済学者で、かつて、英国のオックスフォードに長く留学なされたこともあるとかで、静岡県知事になられる前から、静岡県の当時の石川知事に対し「富国有徳論」をご提案されていますし、学者の時代の研究テーマとして「いかにして日本は東洋の中で最初の工業国になったのか」、また「日本の工業化は最初工業化の英国といかなる関係にあるのか」というのがあるとお伺いしていますので、本日はその事についてお話を聞かせていただければと思います。

知事:
ありがとうございます。日本は東洋で見ると東の端で、西洋から見ると一番の端はアメリカになりますけど、アメリカは西部開拓を行った国でしょう、東部に13州ができまして、グリム・ファーザーズという人たちが上陸してそこで建国を始めていくわけです。段々と西の方に行ってフロンティアを開拓し、その向こうは太平洋があって日本がありますね。
ですから、西洋の西の端でもありますよね。東洋の東の端、西洋の西の端いうことで東西の文明が流れ着くと日本に至るというのです。
ですから、日本の歴史は奈良、平安、鎌倉、室町というふうに時代が変わると場所が変わるでしょう。場所を変えながら入れる場所を変えてきたんですよ。奈良、平安時代は中国の文化をいただくと、中国は広いですから、黄河の流域に長安とか洛陽があり、黄河文明の黄河の流域に花咲いた文明のエッセンスが奈良京都に伝わってきているのですね。
長江もありますが、長江流域界隈は米と魚の故郷なのですが、北の方はお肉を食べたり、畑作物で、南の文化は何村の時に鎌倉に入ったのです。
場所を変えながら、北の文化は京都に、南の文化は鎌倉に、室町時代に情報を集積し、中国で反映した文明は全部京都にいれるということにした。だから東洋文明の博物館なんです。太平洋に一番近いところは太平洋側ですから横浜が入り口になって日本の中心の東京に西洋の文化が入ったと。地政学的位置が大きいと思います。

青木:

地政学的な意味もあり日本は中国との関わりもあったということですかね。
 ところで、古代において中国は文化も製造技術も日本よりもずっと発展していたはずなのですが、なぜ中国は東洋において最初の工業化国にならずに、日本がなったのでしょうか?

知事:
これは非常に難しい問題です。そもそも西洋の科学の起源は中国でしょう。ところが人類史上の謎といわれています。宋の時代にできるんですよ。
ところがですね、元から明にかけて例えば鉄砲なんかでも元が最初に作っています。
だけど、明清時代は、使わないです。ですから発達をやめてしまうわけです。
羅針盤にしても火薬にしても、元のモンゴルの西への征服といいますか、そのころハンガリーからヨーロッパに伝わるわけですよ。そこで発達をしましたが、こちらは使うのを止めてしまった。
波動から横道に変わったわけです。そこが中国の偉いところで、軍事大国にならなかったんですよ。中国はそして高い文化を万里の頂上の向こうにいわゆる夷狄、朝貢(ちょうこう)時に 自分の特産物をもっていらっしゃいとその代わりに持ってきたものよりたくさん銅銭をあげる。
攻撃するよりも朝貢をして挨拶をしてあなたはあそこの大様ですか、私は中国の皇帝です。ということで関係を作りますと経済的にも豊かになるので、つまり徳を持って統治するという姿勢を貫いた。
だから、東アジアはあまり戦争はないですよ。そういう徳地に配したところが科学技術を押させたかなと。


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Posted by 青木麗子 Reiko Aoki at 10:00Comments(0)日本と中国