中国の今を知る、中国の未来を読む。

  

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2013年01月28日

鹿児島県知事インタビュー(3/3)



青木:
ところで、今年は日中国交正常40周年の記念の年ですが、しかし、大変残念な事に、今、日本と中国の関係はこれまでにないもっとも厳しい状況に直面していると思います。知事はこの状況をどのように見ていらっしゃるのでしょうか?

知事:
両国の関係、特に主権同士がぶつかり合うと、なかなか解決が難しいですね。しかし、地方と地方が交流を深めてゆき、今後日中間の関係を立て直し、積み上げてゆく事。また両国の若者が相互理解を深めること。青少年交流・経済交流が日中間の国民の心のひだ、その中における日中間の距離を縮めていくことにつながると思います。これが関係修復の大事なポイントではないかと思います。いろいろと困難な局面を迎えるときもありますが,そういうときにこそ,本県のように,国家の繋がりの基礎となる地方政府レベルでの交流を進めることも重要であると考えております。

青木:
 はい、知事がおっしゃる様に、こういう時だからこそ、地方間交流を続けること、民間交流を発展させることが極めて重要だと私も思います。
ところで、日本の政治の行く末について中国の学者・要人の方々も注目しています。知事はこれから日本の政治がどうなってゆくとお考えですか?

知事:
日本の政治はここの所、まとまりが欠けていく可能性が感じられます。二大政党が崩れてきて、これからどういう体制になるのか、まだ先が見えていません。いろんな考え方ができ、いろんな人が活動・発言を始める。
この状態をどう収斂するかというスキルを日本はまだ持っていないと思います。当分の間は抱える問題のテーマごとに同じ考えをもつ政治家たちが政策提携していくという事が続いていくと思います。

青木:
日本はまさに伊藤知事のような経験豊富で、資質の高い政治家が求められていると思いますので、今後知事のますますのご活躍を心からお祈りしています。
それでは知事、中国の皆様にメッセージをお願いできますか?

知事:
日中両国は,引っ越したくても引っ越しできない緊密な関係であり,その交流はすでに何百年と続いております。私は,鑑真和上と二階堂進先生の日中友好への想いを引き継ぎ,一衣帯水の両国関係を平等互恵の精神に則り,これからも丁寧に日中両国の関係を築いていかなければならないと考えております。
また,鹿児島は,上海などアジアの主要都市と直行便で結ばれるとともに,九州新幹線全線開業とも相まって,大きな経済成長が見込まれる「環黄海地域」の高速交通ネットワークの一角を占めております。上海だけでなく,北京や大連など中国の大都市から,福岡を経由して九州を周遊し,鹿児島から帰国するという観光ツアーの造成も可能になりました。今後このネットワークを十分に活用することにより,中国をはじめとしたアジア諸国との交流を深めることによって,多くの外国人観光客の方々に本県を訪れていただき,鹿児島の持つ様々な魅力を味わっていただきたいと考えております。中国の皆さん,ぜひ一度鹿児島にお越しください。

青木:
最後に知事の座右の銘を教えて頂けますか?

知事:
「身に私を構えず」です。
自分の利益だけを考えるのではなく,他人つまり大衆,全て世の中のために配慮し,他人のことを自分のことより優先に考えるということです。私自身も常の念頭に置いて,みずから体現できるよう努めているところであります。

青木:
伊藤知事、本日は貴重なお時間をありがとうございました。









 

  


Posted by 青木麗子 Reiko Aoki at 10:00Comments(0)日本

2013年01月21日

鹿児島県知事インタビュー(2/3)

 


青木:
それは、素晴らしい取り組みですね。ところで、鹿児島県は、明治維新に大きな貢献を成し遂げられた志士達を輩出している県でもありますね。

知事:
はい、鹿児島県は経済的にそんなに豊かな県ではないのですが、いかにして県民が安定した生活を送れるようにするかが大切だから、本当に鹿児島らしさを生かすとなると、最後は「鹿児島教育」です。昔から「郷中教育」というのがあって、その土地の若い青年達が子どもたちを教育する。その「郷中教育」を復活させて、鹿児島の県民性をもう一度作り直していくことが必要であると思っています。

青木:
ところで、鹿児島県は地理的にも中国から近く、唐の時代に、鑑真和上が一番最初に上陸した地が
鹿児島県の坊津だったと聞いていますし、今でも中国とは大変緊密な交流が行われているとお聞きましたが。

知事:
そうです、鹿児島県には鑑真和上の上陸を記念するための記念公園や鑑真記念館があり、今でも県民から大事にされています。そして、江蘇省とは,1985年の農業分野での技術交流を契機として交流が始まり,1998年からは毎年交互の地で「交流協議会」を開催しており,この協議会での合意に基づき,行政訪問団の受け入れを始め,海外技術研修員や国際交流員の受け入れ,青年交流の実施など様々な交流を実施しています。
江蘇省との長年にわたる各般の交流により,相互の人材育成や人的ネットワークの構築,認知度向上が図られているところです。
また,中国華南地域の中心であり,中国本土に向けた交流・交易の拠点的機能を担っている香港とも,1980年に鹿児島で第1回交流会議を開催して以来,2年ごとに交互の地で「交流会議」を開催し,この交流会議を核にしながら,幅広い分野における交流を活発に展開しております。
去る10月25日には,総勢115名のミッション団で香港を訪問し,「第18回鹿児島・香港交流会議」を開催したところであり,観光,経済,芸術,文化などの分野で協議・意見交換を行い,今後一層の交流促進を図ることを確認しております。また,この交流会議に併せて,経済セミナーや貿易商談会,観光セミナー,レストランフェアの関連事業を実施するとともに,テレビCMの放映等を通じ,本県のPRを図ったところであります。

青木:
なるほど、それで、近年では、美しい桜島、温泉、ゴルフなどを目的に中国からの観光客も増加しているのですね。

知事:
はい、鹿児島県は日本の九州の最南端に位置しており,東アジアに非常に近いという地理的特性をもっております。距離的には,上海まで約860kmであり,鹿児島から東京まで約960kmであることをみると,上海の方が近いということになります。
また,鹿児島県は,奄美群島などたくさんの離島を有しており,最北端の獅子島から最南端の与論島まで南北600kmにも及ぶ広大な県土を有しております。また世界自然遺産に登録された屋久島や約550の温泉施設も有しており、その中には,指宿市の「天然砂むし温泉」など世界的にも大変めずらしい温泉もあります。鹿児島の魅力のひとつは,「食」です。「かごしま黒豚」やさつまいもを原料とする「芋焼酎」や,サトウキビを原料とする「黒糖焼酎」などがあります。
手つかずの大自然,豊かな食材,食文化,豊富な温泉,鹿児島人の温かい人情など,鹿児島県には人々を元気にする「本物の素材」があふれており,鹿児島に来ていただければ,ここには必ず皆様を満足させるものがあります。




<次週に続く...>
  


Posted by 青木麗子 Reiko Aoki at 10:00Comments(0)日本

2013年01月14日

鹿児島県知事インタビュー(1/3)


【インタビュー】 知 事 :伊藤 祐一郎 / インタビュアー:青木 麗子


青木:
伊藤知事、本日はお忙しい中にインタビューを受けていただき、ありがとうございます。

知事:
こちらこそ、よろしくお願いいたします。

青木:
知事はどちらのご出身なのですか?

知事:
 鹿児島県が私の生まれ故郷なのです。僕は大学を卒業してから自治省に入って、それ以後ずっと中央官庁で働いておりましたが、知事に当選してから再び故郷に戻ってきたのです。

青木:
  そうなのですね。お若い頃の事や中央官庁時代のお話を少ししていただけませんか?

知事:
若い頃は公の仕事をしたいと考え、国家公務員というのは一つの目標でもありました。公務員になれば、社会の為にお役に立てられるし、その後いろんな活躍ができると思っていました。
1975年には外務省におりましたが、北京に行った時に天安門広場が全部自転車で埋め尽くされる光景も現地で見ています。それらの光景を見て、これが自動車に代わったら中国はどう変化するのだろうか、中国で何が起こるかとずっと見てましたね。

青木:
伊藤知事は、そんなに早くから中国入りをしているのですね。まさに、文革が終焉し、改革開放の3年前で、中国社会の変化を見てこられたのですね。

知事:
そうですね。その後、私は自治省では、地方分権改革の最前線で仕事をしていました。各省庁との諸調整などや政治家や経団連等とのやりとりもありました。大変忙しい職場でしたが、いろんなことを経験させていただき、また人にも恵まれたよい職場でした。

青木:
そのように恵まれた仕事環境におられたのに、何故、その仕事を辞めて知事選にチャレンジしようと考えられたのですか?

知事:
その頃、生まれ故郷である鹿児島が厳しい財政難に陥っており、新しい仕組みを作らなければ財政難を抜け出すことができないと考えた私は、これまでの地方行政に関する専門知識を活かして、鹿児島県を再生させたいと強く思うようになり、周囲の後押しを受けて、知事になる道を選びました。

青木:
 強い郷土愛が知事になることを決意させたのですね。ところで、知事になられてから、県政再生の為にどのようなことに取り組んでこられたでしょうか?

知事:
現在,我が国は,グローバル化の急速な進展,本格的な人口減少や少子高齢化の進行など大きな変革期を迎え,これまで有効に機能していた様々なシステムが十分に機能しなくなっており,将来に対しての漠然とした不安感や閉塞感が強まりつつあります。このような時代状況にあっては,人々が将来に対して、安心して自らの暮らしに明確な見通しや希望を持って、生活できるようにすることが重要であり,「子どもからお年寄りまですべての県民にとって優しくぬくもりのある社会」の構築が,より一層求められていると考えています。
  私は,時代の大きな転換期を迎える中にあっても,県民一人ひとりが生涯安心して働き,安定した生活を送ることができるよう,県民生活に直結する医療や福祉,介護,教育などの分野に特に重点を置いて,仕事,生活,絆の「3つの安心」を実現するための施策を進め,県民の暮らしの安定を図る為に取り組んで参りました。

青木:
鹿児島県は、近代日本の歴史において、とても重要な地域であり、美しい自然に恵まれた場所ですよね。

知事:
  はい、おっしゃる通り、本県の豊かな自然や個性ある歴史・文化,多様な食材など全国に誇れる本物の素材,南に開かれたアジアの玄関口としての地理的な優位性,我が国の食料供給基地としての役割等、発展の可能性を最大限に活かしながら,地域の経済・雇用を支える足腰の強い産業の育成,とりわけ,グローバリゼーションの中で,21世紀の鹿児島の基盤づくりに最も重要である農林水産業や観光を中心とした産業構造の高度化,再生可能エネルギーの積極的な導入・活用,快適で活力ある社会資本の整備などの諸課題にも取り組む必要があると考えています。
私は、すべての県民が郷土に夢と誇りを持ち生涯を安心して過ごせるような「力みなぎる・かごしま」,「日本一のくらし先進県」の実現に向けて,全力を挙げて取り組んでいるところです。













<次週に続く...>
  


Posted by 青木麗子 Reiko Aoki at 10:00Comments(0)日本