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2012年10月01日

鑑真和上ゆかりの地・奈良を尋ねて(2/3)



青木:
奈良県と中国がこのように深い歴史的な繋がりを持っているということ、中国のみなさんは意外に知らない人も多いと思います。遷都1300年祭について、もう少し詳しくお話くださいませんか。

知事:
平城遷都1300年祭とは、日本の平城京、すなわち現在の奈良に都が遷都されてから1300年を迎えることを記念して、日本の歴史・文化がこれまで連綿と続いてきたことを“祝い、感謝する”お祭りでした。奈良に都が遷都されたのが710年でしたので、2010年がちょうど遷都1300年となったわけです。

青木:
なるほど、そうなんですね。ところで、平城遷都1300年祭に先立つ2008年に胡錦濤主席が日本を公式訪問された際、奈良県を訪問されておられますね。

知事:
はい、胡錦濤主席が当時の福田首相との会談のため訪日されるにあたり、訪問する地方がまだ決まっていないとお伺いしましたので、私が揚州市に行った際に、揚州市長の王燕文さんに胡錦濤主席に是非奈良にお越しいただきたいとの希望をお伝えしたところ、王燕文市長がすぐに北京に行ってくださり、本当に実現することとなったのです。

青木:
 そういえば、福田政権の前は、日中関係が非常に険悪な状態に陥っていましたね。
そのような状況をどうにかして打開したいという福田総理の思いが胡錦濤主席にも通じたのでしょうね。日中関係を改善する糸口は日中の長い交流の歴史の中にあるとお二人ともそう思われたのでしょうね。

知事:
そうだったと思いますね。揚州市も奈良と縁がとても深いところです。1300年前は聖武天皇が仏教徒に帰依されました。政権トップの天皇が受戒されるという大きな時代でありましたから、受戒のできる中国の高僧の来日を要請したことで、鑑真和尚が幾多の苦難を超えられた後に奈良に渡って来られた訳です。ご存知のように鑑真和上は揚州市の大明寺のご出身で、その縁で揚州市と奈良は今でも深いお付き合いをさせてもらっているのです。その事が胡錦濤国家主席の奈良訪問にも繋がったわけです。

青木:
胡錦濤さんも江蘇省のご出身でもありますから、とてもご縁を感じますね。

知事:
最近「遣隋使から見た風景、東アジアの視点」という本が出たのですが、その本を読んでとても面白いなと思ったのは、日本の聖徳太子と隋の煬帝の生まれた年代が5年違い、亡くなられた年代が4年違いで、同じ時代に煬帝がいて、聖徳太子がいたことです。煬帝と倭(日本)との交流を東アジアの視点から遣隋使小野妹子らを国際的な視点で日本の歴史を見ていることがとてもユニークだと思いました。当時の随の煬帝は北と南(揚州)を繋ぐ大運河を掘らしたのですが、その大運河は今も大事な水路として使われています。当時の煬帝は一生懸命やって悪評を全部引き受けて、後の唐の政治家は得をしたとも書いてあります。

青木:
そうですね、随煬帝は美女を求め船に乗って湘南の地を遊ぶ為に大運河を掘らしたとも今でも語り草となっているけれど、本当はそうではなかったですよね。大運河はいうまでもなく、昔も今も人と物を運ぶ大事な大動脈だったに違いありませんね。

知事:
その通りだと思いますね。随煬帝は優れた経済観念と国家経営の観念を持った方でした。一方、聖徳太子は国家経営よりも権力闘争に少し弱かったんじゃないでしょうか。信仰心が厚くて仏教に熱心であられた方でした。
当時は、日本の歴史の中でも大きな意味をもつ、法制度・律令国家と仏教を受け入れた時代です。唐の時代、韓半島を経た国際交流がなければ日本は文明の一つ橋を超えられなかったと思います。当時、漢字や仏教、お経が伝わったわけです。律令国家の元に、社会と政治のツールとして文字がないと国家組織が出来ないということで漢字が急速に受け入れられたのです。

青木:
鑑真和上と言えば、実は、数年ほど前に、日中関係があまりにも悪化し心を痛めていた私どもが、鑑真和上の強い信念と強靭な精神力を学ぶ為に、早稲田大学の木下教授、そして、先ほど言われました谷野元大使らと共に、日本の若者たちを連れて、大阪から鑑真号に乗って鑑真和上が日本に渡って来られた逆のルートを辿る旅をしました。中国に旅立つ前に、奈良にある唐招提寺を尋ねて鑑真和上が日本に渡ってきた当時の事等について研修しました。そして、中国に渡ってからは揚州市の大明寺はもとより、上海の復旦大学、杭州の浙江大学、江蘇省の南京大学、揚州大学などで交流を行い、若者達で日中両国の未来の事、日中両国の若者が共通して抱えている問題などについて討論しました。素晴らしい交流でしたよ。別れる時はもうすっかり様々な壁を乗り越え、みんなで抱き合って泣いていました。


<次週に続く...>


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Posted by 青木麗子 Reiko Aoki at 10:00│Comments(0)日本と中国
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