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2012年03月26日

日本人初の中国プロサッカー監督就任の岡田武史さんと初対談-3



日本人で初めて中国プロサッカー監督に就任した岡田武史さんと初対談(3/6)

青木:
  ところで、岡田監督は中国語をお出来になのですか?指導をなさる時にどのようにコミュニケーションを図られるのですか?

岡田:
  中国語は全然できません。でも、今、必死になって覚えているところです。
通訳を入れていますが、通訳が僕の意図を伝えられているか、そのことがものすごく大きいと感じていましたので、偶然にも日本で良い人を見つけて通訳をしてもらっています。その人は日本人なのですが、北京に住んでいて中国の方と結婚もしていてサッカーもやっていたこともある人で、彼のおかげで何とかやっています。

青木:
  通訳はとても大事だと思いますね。私自身も20年以上通訳の仕事をして参りましたが、やはり通訳とは発言する人と一心同体となって、発言者の人間性をも伝えられることがとても大事ですね。特にスポーツの世界はもっと重要なことではないかと思いますね。例えば監督が怒っているときに、怒っている気持ちが正確に伝わらなければ、意味がありませんからね。

岡田:
  その通りだと思います。今の通訳は言葉を訳すのではなくて僕の思いを訳してくれる人と思っていたので。よくやってくれていると思います。

青木:
  ところで、今中国のサッカーのレベルはどのようなものですか?国際基準から相当かけ離れていますか?

岡田:
  そうですね、一時良かった時期もあったようですが、八百長事件などがありレベルが一気に落ちたようですが、しかし、今の中国の若い選手達のポテンシャル、能力は低くないと思っています。ただ、今はその能力が伸びていっていない。これは指導の問題もあると思いますが、サッカーをどういう風に広めていくか、中国の場合はエリートを育てていくという感じですが、底辺を広くプロになる人だけではなくて代表になる人だけじゃなく、サッカーを広めてその中から、ピラミット型になるようにしていかなければならない。可能性としてはものすごいポテンシャルを持っていると僕はそう感じています。

青木:
  そうですね、中国では、スポーツのみならず、文化、音楽など領域において、どちらかと言えば個人のエリートを育てることに力を入れてきたのだと思います。そのために、個人プレー選手はとても強い。けれどチームブレーは得意ではないと認識していますかが、実際はどうなのでしょうね?

岡田:
  僕も来る前はそう思っていましたが、でも実際に中国に来てみて必ずしもそうでもないように思いますね。少なくとも僕が今指導しているこのチームは全くそんなことはないです。他は知りませんが、チームの事を考えてくれていますし、そういう方向にもっていき方もありますし。

青木:
  そうですか。それは安心しました。若い選手達にとって、岡田監督はお父さんのような存在ですか?監督も彼らが息子のように可愛いと思っておられるのでしょうね。

岡田:
  はい、彼らは本当に純粋で、一生懸命についてきてくれているので、ありがたいという感じです。


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Posted by 青木麗子 Reiko Aoki at 10:00Comments(0)日本と中国

2012年03月19日

日本人初の中国プロサッカー監督就任の岡田武史さんと初対談-2



日本人で初めて中国プロサッカー監督に就任した岡田武史さんと初対談(2/6)

青木:
  さすがに、岡田監督は世界で戦ってこられた方だけとあって、グローバルな観点に基づいた素晴らしいご英断をなされたのだと思いますね。ところで、監督はこれまでに中国にいらしたことはありましたか?

岡田:
  もちろん、何度もありますよ。

青木:
  監督が仰る通り中国という国は今世界の中で大きな存在となって参りました。今世界のパワバランスが少しずつシフトし始めています。そのような中で、これからは中国を中心に世界が回るようになると言っても過言ではないと思うのです。日本と中国は悠久なる交流の歴史をもっていて、今も切っても切れない間柄にあると思います。もちろん、両国の間には戦争という不幸な時もあったので、日中両国の国民がお互い素直に向き合う事ができていないのがとても残念に思えてなりません。政治を超えて、文化やスポーツを通じての人と人の結びつきを強めることがとても大切な事だと思います。岡田監督が今中国に行かれて中国の選手たちをご指導されることは日中両国の間に一筋の暖流を作られるに等しいと思いますね。

岡田:
  そういうふうになったらいいなと思いますし、結果を残さなかったら逆に反日感情に火をつけることにもなりかねませんね。

青木:
  本当にそうですね。何が何でも結果を出さなければですね。しかし、実際どうですか。去年の12月に監督にご就任なされてから、2ヵ月ほど時間が経過しましたが、中国の選手達に直に接してこられて、何か違いを感じる事はありますか?

岡田:
  僕が中国に行って2ヵ月半になりますが、嫌な思いをしたことが一度もありません。ネットでは日本人を指導者にしてとか書かれていると言われましたが、僕が空港に行った時も大勢のサポーターが迎えに来ていただき、ファンから手紙や色々なプレゼントも頂きましたし、フロントスタッフも何とか僕にいい仕事をさせようと思って気を使っていただいて、選手の取り組む姿勢も素晴らしくチームとしてのまとまりを彼らが求めていると感じています。僕は優勝と言っていますが可能性はあると思っています。

青木:
  今、杭州緑城のメンバーは何人ぐらいですか?

岡田:
  選手が31名。ユースの選手を大量に上げたためなのですが。

青木:
  選手の年齢も若い人が多いのでしょうね?

岡田:
  今年は特に若いですよ。トップの選手を8名ぐらい外して、18歳の選手を7名上げましたので、それ以外も20~22歳ぐらいですから、それ以上の年上は5名ぐらいですかね。

青木:
  これらの選手は中国全土から選び抜かれた選手達でしょうね?

岡田:
  選び抜かれたのか、若い時点で全国から集められてトレーニングしたりしているので、僕はまだ全部を把握していないが、95%ぐらいの選手が寮に入っていますから地方から来ているのだと思いますね。


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Posted by 青木麗子 Reiko Aoki at 10:00Comments(0)日本と中国

2012年03月12日

日本人初の中国プロサッカー監督就任の岡田武史さんと初対談-1


岡田 武史(おかだ たけし、1956年8月25日 - 大阪府出身 )は日本の元サッカー選手、指導者。元日本代表監督。ワールドカップ監督として2度出場(1998年W杯フランス大会、2010年W杯南アフリカ大会)現在は中国プロサッカーチーム杭州緑城監督。「岡ちゃん」の愛称で知られる。メガネがトレードマークで、現役時代にはメガネを外さずプレーしていたほどである。

日本人で初めて中国プロサッカー監督に就任した岡田武史さんと初対談(1/6)

青木:
   監督、本日はお忙しい中にお時間をいただき、ありがとうございます。
テレビでご尊顔を拝見していましたが、生の岡田監督とお会いできてとても嬉しいです。岡田監督は、日本では「おかちゃん」と呼ばれるほど、日本国民から親しまれ日本を代表する監督であられたのですね。ところで、この度は、中国杭州緑城サッカークラブの監督にご就任ということでしたが、いつ、ご就任なさいましたか?

岡田:
  去年の12月15日に正式に就任いたしました。

青木:
  しかし、またどうして中国の監督就任要請をお引き受けようと思われたのですか?

岡田:
  私は日本代表の監督を辞めて1年半ほどなります。その間、ボランティアや教育などをやったりしていましたが、やはり自分がプロとしてできるのはサッカーかなと漠然と考えていました。ただ、JリーグとかではJ1,J2両方優勝したこともあるし、代表もやりましたので、例え日本で何かやるにしても新しいチャレンジという感覚がなくて。そこで、中国の杭州緑城から最初に話をいただいた時に、自分にとって新たなチャレンジになると思ったのが一つですね。
それと、サッカーとは別なのですが、やったことがないことをやってみたいとも思っていました。これまでに、マスコミや中国に行かれた人の話を聞いて中国というイメージが出来ていたのですが、果たして本当にそうなのかなと思ったし、中国はこれから世界のキーを間違いなく握る国であるわけで、その国を自分の目でみてみたいと思ったのも一つです。それは昔、私がまだ大学生の時に韓国遠征に行って、学生と一緒に試合をし、田舎町に行った時に、韓国の人々から“ばかやろう”ビンとか缶とか投げられ、かなりのショックを受けました。でも、高麗大学の学生や関係者と一緒に交流をした時はそういう感覚が全然なかったので、このギャップはなんなのだろうと思ったことがありました。
 日本と中国とは領土問題など色々な問題があって、メディアではイメージが出来上がっていて、中国中が反日ムードで充満しているのではないかと思われがちですが、しかし、中国に実際に行ってみたらそんな事はないのではないかと思ったんですね。ドームの上の方で色々な事を言っているが、実際は多くの国民同士はそういう事がないのではないかなと、ですので、自分の目で実際に見てみたいと思う衝動がありましたね。
それとともに、東西冷戦が終わって世界が一つの方に向かうとユートピアを夢みたけど、現実はハンチントンが言うように文明が衝突し始めていますよね。
その中で東アジアは不安定な所で必ず何かしらそういうことが起こると思うんですよね。その時に政治とかのレベルでは解決できないと思うのですよ。
国民同士の小さな絆がインターネットを通してバタフライ効果で、ニューヨークで蝶が羽ばたいたら北京で嵐がおきるということが現実に起こるわけですよね。
僕の力がどうなるかわからないけど、僕が中国で作った小さな絆がひょっとしたら何かの力になるかもしれないと考えたりもしています。そういうようなトータルの事で、よし、中国に行ってみようと決めました。


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Posted by 青木麗子 Reiko Aoki at 10:00Comments(0)日本と中国

2012年03月05日

王泰平先生・中国と福岡を繋ぐ心強い絆



 少し前に、昔中国在福岡総領事の王泰平先生が、福岡で開催された経済交流イベントに参加するために福岡に訪れられました。王泰平先生は今中日韓経済交流協会の会長、今回は交流協会会長として中国企業の関係者を率いられてのご参加だったそうです。ご多忙の中にわざわざ弊社をご訪問いただき、そして、福岡勤務期間中に非常に親しくおつきあいをしておられた福岡前知事麻生渡先生にも表敬訪問しました。王泰平先生は福岡でのご在任期間はわずか一年だったにも関わらず、福岡の政財界の重鎮の皆様とは深い信頼関係をもっており、今でも九州管内には多くの王泰平ファンがいるのです。王泰平先生は日中国交回復前から中国在日本大使館の立ち上げに携わり、以後40年以上に渡って日中間の外交のお仕事をされてこられました。ご夫妻共々、日本の良き理解者で、私も家族付き合いをさせていただいております。王泰平先生は、福岡と中国を繋ぐ大切な絆、心強いサポーター。先生のご期待に応えるためにも、福岡と中国との交流を盛んにしていかなければと心を新たにしました。

  


Posted by 青木麗子 Reiko Aoki at 10:00Comments(0)日本と中国